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海軍下士官のための病院「横須賀海仁会病院」(202207解体)と「禁廷水の碑」

横須賀海仁会病院の建屋が、いよいよ解体という話があったので、慌てて見学に行ってきました。


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横須賀海仁会病院

海軍の下士官及びその家族の診療を行う病院として昭和14年3月に開院。
45年の敗戦と同時に、米海軍に接収。
当時の米海軍横須賀基地司令官デッカー大佐が一般市民に開放することを決定。46年に現在の聖ヨゼフ病院として開院し、現在に至る。
モダニズム建築として石本喜久治氏の設計。弧を描くように湾曲した凹壁面が特徴的。

2020年に聖ヨゼフ病院新棟が完成し病院機能は移転済み。
コロナ禍で遅れていたが、2022年7月下旬に取り壊し工事が実施される。

弧を描くように湾曲した壁面が特徴的な緑が丘の「聖ヨゼフ病院」旧病棟が7月下旬に取り壊されることになった。1939年開院時からの建物は2020年の新病棟完成で役割を終えて...

聖ヨゼフ病院

聖ヨゼフ病院新棟

場所


禁廷水

横須賀海仁会病院(聖ヨゼフ病院)の裏、崖下に、ひと目につかない状態で、井戸と記念碑があった。

明治天皇が横須賀に行幸した際に、差し上げる水を汲んだ井戸と、それを記念した「禁廷水の碑」が建っている。

加藤寛治海軍大将謹書で、昭和4年の建立。
禁廷とは、宮中・御所・禁裏の意。

禁廷水
加藤寛治海軍大将敬書

明治天皇の行幸は明治4年、明治6年と8年に、向山行在所で宿泊され造船所を見学されている。
向山行在所(横須賀行在所)は現在は幼稚園となっており「明治天皇横須賀行在所阯と聖蹟の碑」、上段には「明治天皇御駐蹕」の碑もある。
明治天皇行幸の際に食事などに使われたのが、この禁廷水であった。

昭和4年2月11日建之
雨峰敬書

草が。。。

井戸。

建物解体後に史蹟は再整備されるのだろうか。。。

明治天皇横須賀行在所関係の記事は、以下にもまとめていました。

平成29年10月撮影 京急線・汐入駅周辺の散策。場所としては諏訪公園を軸に。 横須賀のどぶ板通りを歩いていて前...

場所


横須賀の海軍病院つながりでの追記

横須賀海軍共済病院(現・横須賀共済病院)

明治39年03月 横須賀海軍工廠職工共済会医院として開設
明治42年04月 横須賀海軍工廠職工共済会病院と改称
大正07年04月 海軍共済組合横須賀病院と改称
昭和04年11月 横須賀海軍共済組合病院と改称
昭和18年04月 横須賀海軍共済病院と改称
昭和20年12月 終戦により横須賀共済病院と改称

昭和12年(1937年)竣工の第二病棟が残っている。

あれ、これは海軍時代の消火栓だ。(現場では気が付かずに、写真チェックであとから気が付きました。。。)

こんど、きちんと撮影しよう。。。

※撮影:2022年5月

場所


関連

平成29年10月及び平成31年3月撮影 海軍工機学校兵舎(横須賀学院2号館) 横須賀は三笠公園の近く。神奈川歯科大学と横須賀...

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