横須賀の追浜地区。
横須賀海軍航空隊や追浜海軍航空隊、海軍航空技術廠があった要地。
その地に鎮座する古寺に、弾丸除地蔵尊が建立されていたので、足を運んでみた。
目次
弾除け信仰
戦時中、夫や息子・兄弟の出征に際して、家族が無事の帰還を願って、戦場で弾丸に当たらないように、「弾除け」を観音さまや御札、千人針などに祈願の気持ちを込めたのは、自然の摂理ではあった。
観音寺(追浜東町)
三浦三十三観音第二十二番札所。
「坂中山 観音寺」
戦国時代の相模の朝倉氏(北条綱成公の母の実家の朝倉家)の城跡。
貞享4年(1687年)の開創という。
「浦郷八景」として詠まれた絶景の地に鎮座。
現在は、追浜の良心寺が管理を行っている。
浦郷八景:
夏島秋月、勝力(岬)帰帆、箱崎夜雨、吾妻(山)晴嵐、州口落雁、榎戸夕照、亀島暮雪、独園(寺)晩鐘
弾丸除地蔵尊
観音寺の本堂脇に、鎮座する観音さま。
像高50センチほどの小さな地蔵尊であるが、戦地に赴く人々の無事の祈願が、切実に重く込められた地蔵様。
弾丸除地蔵尊
昭和12年秋
昭和12年(1937年)の秋は、7月の盧溝橋事件に続く日中戦争の拡大期にあたり、日本が戦時体制へ急速に転換した時期。
9月には「支那事変」と呼称が決定され、国民精神総動員運動が始動、メディアや生活の統制が強化された、そんな時期に建立された地蔵尊。
右手に「弾丸」を抱えている地蔵尊。
観音寺の本堂
三浦廿二番坂中観音
観音寺の高台から、日産追浜工場と夏島、住友重機械工業・横須賀製造所などを垣間見る。
場所:
https://maps.app.goo.gl/XnKhB2BkpQspFaMU7
筒井隧道
観音寺の下にあるトンネル。近くなので、あわせて掲載。
横須賀、追浜はとにかくトンネルの多い街。
明治38年(1905年)、交通が不便だった地域の住民たちが自ら団結して切り開いた、谷戸の奥と生活拠点を結ぶトンネルが筒井隧道。
素掘りで竣工し、海軍航空技術廠(海軍工廠)への通勤者増加に伴い、昭和8年(1933年)に、出入口を緩やかな登りにするため路面を切り下げる改修が行われた。
上下の高さがひときわある「筒井隧道」は、元々出入り口が急坂で勾配を緩やかにするために、底を掘り下げる工事を行ったトンネル。
階段の高低差で、もともとの高さ。底を掘り下げる工事の名残をみることができる。
場所:
https://maps.app.goo.gl/DxBqrUR7sGSTbSdP6
※撮影:2026年5月
