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はじめに

近代史跡・戦跡紀行~慰霊巡拝 ‐日本の近代と慰霊の地を巡りしサイト‐URL: https://senseki-kikou.net/  御製戦…

「はじまりの日」昭和16年12月8日(80年前の節目)

80年前の節目を偲び、先人たちの生き様に想いを馳せる。 また、この日がやってくる。 はじまりの日。 大東亜戦争に散りし英霊たちに… 感謝を。…

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巣鴨刑務所の排水口跡(移設保存)

池袋サンシャイン60の界隈には、「巣鴨監獄」(「巣鴨刑務所」「巣鴨拘置所」「巣鴨プリズン」)があった。 かつて、巣鴨刑務所があった台地の下、…

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立川飛行機「一式双発高等練習機・キ54」(立飛ホールディングス一般公開)

立飛ホールディングスの前身、立川飛行機が制作した飛行機が、里帰りし、一般公開された。その様子を写真中心に以下に掲載。 写真多めですが、それだ…

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さらにもう一つの「日本の鉄道発祥の地」品川駅

日本の鉄道は、教科書的に記載すると、1872年10月14日(明治5年9月12日) 新橋駅-横浜駅の開業に始まる。この10月14日は、今では、…

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もう一つの「日本の鉄道発祥の地」初代横浜駅跡・JR桜木町駅

日本の鉄道は、明治5年(1872)に新橋駅ー横浜駅に開業したことに始まる。その初代横浜駅は、現在の桜木町駅界隈であった。 鉄道発祥の地として…

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マッカーサー草案・日本国憲法草案審議の地

日本の、戦後再起動の歴史を感じる場所。 この界隈に、かつて外務大臣官邸があり、日本国政府とGHQ連合国軍総司令部の間で日本国憲法の草案審議が…

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博物館動物園駅跡(上野・京成電鉄)

上野公園周辺には、意外と近代建築物が残っている。 国立博物館内には、旧東京帝室博物館本館と表慶館、上野公園内には、国立科学博物館と旧東京音楽…

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東京大空襲の傷跡を残す「日本橋」

日本橋 国指定重要文化財。明治44年(1911)に石造2連アーチ橋として架設。全長は49メートル、幅は27.3メートル。 現在の日本橋は、2…

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東京の北の玄関口「上野駅」

北の玄関口、上野駅。現在の駅舎は3代目。昭和7年(1932年)に建造された駅舎が、戦争をくぐり抜けて、今もその姿を伝えている。 写真メインで…

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旧三ノ輪王電ビルディング(王電ビルヂング)

都電荒川線に乗る機会があったので、終点の三ノ輪橋駅(三ノ輪橋電停・三ノ輪橋停留場)まで脚を伸ばしてみた。 三ノ輪橋駅からまっすぐに歩くと、ビ…

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陸軍技術研究所の跡地散策(小金井)

小金井と小平のあいだ辺りに、かつて陸軍の研究機関があった。現在の東京学芸大学のある辺り。往時を物語るものは多くは残っていないが、ちょっと脚を…

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川端龍子と「爆弾散華の池」(大田区)

大田区立龍子記念館に脚を運んでみました。 川端龍子 川端龍子(かわばた りゅうし)1885年〈明治18年〉6月6日 – 1966…

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陸軍経理学校の跡地散策(小平)

かつて陸軍経理学校が小平市内にあった。わずかに残る痕跡を散策してみる。 陸軍経理学校 陸軍における経理を担当する軍人(経理官)の養成教育、あ…

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「日本の鉄道発祥の地」新橋停車場と高輪築堤跡

近代の発展は、鉄道の発展でもあった。 日本の鉄道前史 1825年(文政8年)、イギリスのストックトン – ダーリントン間で蒸気機…

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「鉄道紀行文学の御三家」内田百閒・阿川弘之・宮脇俊三の墓

近代化とともに発展してきた鉄道。そんな鉄道を舞台とした旅物語を作家たちが綴り、そして鉄道紀行文学が確立された。 日本の近代を鉄道を介して旅し…

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日本海軍と対支政戦略

支那事変(日華事変)初期の日本海軍の対応などを論じた、某大学史学科での私の卒業論文。拙いですが、往時のデータがサルベージ出来たので、せっかく…

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空母「飛龍」と共に散った名将・山口多聞

ミッドウェー海戦で、孤軍奮闘し散った名将、山口多聞海軍中将の墓は、青山霊園にある。 山口多聞(やまぐち たもん) 1892年(明治25年)8…

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「45cm四四式二号魚雷」東雲寺に残る国産第1号魚雷(深谷)

埼玉県深谷市北部。利根川を渡る新上武大橋の近くにある寺院「東雲寺」に魚雷があるというので足を運んでみた。 実は、以前に訪問をしていた、神奈川…

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帝国軍艦扶桑征清之役忠死紀念碑(新善光寺)

久保山墓地を散策していた際に、近くの寺院で砲弾を見つけました。日清戦争での扶桑乗員の慰霊碑。 扶桑(扶桑艦) 初代扶桑。姉妹艦はない。日本海…

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官修墓地(横浜久保山墓地)

横浜久保山墓地。 幕末・明治維新・戊辰戦争に際して、戦争で傷つき横浜軍陣病院に入院し、そこで他界された官軍の兵士を祀る。 広大な久保山墓地内…

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「一死以て大罪を謝し奉る」陸軍大臣・阿南惟幾

終戦時の陸軍大臣・阿南惟幾。多磨霊園に墓所があり、三鷹に邸宅跡がある。関連する史跡などを徒然に記載していきたいと思う。 阿南 惟幾(あなみ …

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太宰治ゆかりの三鷹陸橋(三鷹こ線人道橋)

2021年9月、JR東日本と三鷹市との協議で解体撤去されることが決定した。。。解体時期はまだ決まっていないというが、解体される前に足を運んで…

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「日本の飛行機王」東洋一の中島飛行機を創業した巨人・中島知久平

日本一にして東洋一の航空機メーカーが戦前の日本にはあった。「中島飛行機」その創業者が、日本の飛行機王と称せられた「中島知久平」であった。 中…

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「帝国海軍きっての知性」最後の海軍大将・井上成美

井上成美海軍大将。日本帝国海軍史上、最後に海軍大将に昇進した軍人は二人いた。ひとりは、塚原二四三、そしてもうひとりが井上成美、であった。 井…

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「戦争に負けて外交に勝つ」吉田茂

吉田茂像と吉田茂墓を巡ってみましたので、以下に掲載を。大磯の吉田茂邸は未訪問。 吉田茂 言わずと知れた吉田茂。1878年〈明治11年〉9月2…

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大應寺のコンクリート代用梵鐘(富士見市)

金属類回収令 昭和18年8月12日勅令第667号戦局の激化による金属資源不足を補うために、官民所有の金属類回収を行なった勅令。各地の寺院にあ…

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竹製落下タンク(小金井市文化財センター)

東京都小金井市。小金井市文化財センター。ここに、落下増槽(落下タンク)が展示してあるというので、足を運んでみた。 館内の展示物撮影は許可制。…

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一式戦闘機「隼」のタイヤ(檜原村の手打ちそば「深山」)

これは2016年(平成28年)10月22日の撮影記録。 友人からお誘いがありまして、突然に唐突に東京多摩地区唯一の村「檜原村」へと赴くことに…

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「インド独立運動の父」マハトマ・ガンジー像(杉並区)

杉並区立読書の森公園(杉並区立中央図書館の隣) 杉並区、杉並区日印交流協会、杉並区交流協会が交流を結んできたインドの慈善団体である「ガンジー…

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元祖国民的キャラクター「のらくろ」田河水泡・のらくろ館(江東区森下文化センター)

のらくろ 戦前の少年たちに絶大な人気を誇った漫画があった。日本漫画界における国民的キャラクターの元祖、でもあった。 田河水泡 「のらくろ」 …

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東京大空襲と下町(墨田区千歳、立川・江東区森下)

東京都墨田区と江東区。隅田川の東側。北に両国、南に深川がある、このエリアも、東京大空襲に際しては、大きな被害を被った地区であった。 江島杉山…

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東京第一陸軍造兵廠第三製造所江戸川工場・精工舎南桜井工場の跡地散策(春日部)

埼玉県春日部市。東武野田線「南桜井駅」の北側は、かつて軍需工場であった。しかし、2021年の夏に、軍需工場時代を物語る門柱が撤去され、往時を…

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神奈川県戦没者慰霊堂

京浜急行「上大岡駅」から徒歩10分ほどの高台に、「神奈川県戦没者慰霊堂」がある。 全国47都道府県で唯一「護國神社」が無い県が神奈川県。(内…

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明治観音堂(明治座・日本橋浜町)

浜町公園、都営新宿線浜町駅のすぐ近く。もっというと、明治座の目の前。そこに東京大空襲に関係する慰霊堂があった。 明治観音堂 昭和20年3月1…

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台湾から日本へ伝えたい「ありがとう」

2021年7月31日。東京駅の地下にて。 台湾からのメッセージが掲げられていました。 「ありがとう」 台湾から日本へ伝えたい「ありがとう」今…

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ブルーインパルスと東京パラリンピック2020

2021年8月22日。東京パラリンピック2020の開会式予行のためにブルーインパルスが再び東京の空をフライトした。 前回、東京オリンピック2…

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76年目の8月15日-靖國神社

靖國神社 雨の靖國神社。 放鳩式 靖國神社・午前10時 昨年に続き、本年の放鳩式も神社関係者のみでの開催。一般参列者は観覧のみ。 8月15日…

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中道寺のコンクリート代替梵鐘(杉並区)

金属類回収令 昭和18年8月12日勅令第667号戦局の激化による金属資源不足を補うために、官民所有の金属類回収を行なった勅令。各地の寺院にあ…

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焼夷弾の花立(杉並区)

荻窪駅と井萩駅の中間あたり。住所でいうと、杉並区清水2丁目15番7号。住宅地の静まる小祠で、意外な花立があった。 このカタチ、この六角形、既…

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陸軍柏飛行場関連の戦跡散策(軍都柏・その7)

軍都柏の戦跡散策、その7。柏飛行場の名残を探しに。この日は、柏の葉キャンパス駅で自転車を借りて、飛行場を中心に自転車散策を敢行しました。 本…

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無蓋掩体壕と柏飛行場の跡地散策(軍都柏・その6)

軍都柏の戦跡散策、その6。柏飛行場の名残を探しに。この日は、柏の葉キャンパス駅で自転車を借りて、飛行場を中心に自転車散策を敢行しました。 位…

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ロケット戦闘機「秋水」地下燃料貯蔵庫の跡地散策(軍都柏・その5)

軍都柏の戦跡散策、その5。柏飛行場の東側に展開していた「地下燃料貯蔵庫」の名残を探しに。この日は、柏の葉キャンパス駅で自転車を借りて、飛行場…

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東部第102部隊の跡地散策(軍都柏・その4)

軍都柏の戦跡散策、その4。柏飛行場の南側に展開していた部隊の名残を探しに。この日は、柏の葉キャンパス駅で自転車を借りて、飛行場を中心に自転車…

柏陸軍病院の跡地散策(軍都柏・その3)

柏市で陸軍の戦跡をめぐる記事も3つ目。この日は、柏の葉キャンパス駅で自転車を借りて、飛行場を中心に自転車散策を敢行しました。 位置関係 国土…

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高射砲第二聯隊の跡地散策(軍都柏・その2)

北柏駅から徒歩15分ほど北に歩いた場所に、往時の建物などが残っていた。 2009年(平成21年)に、「柏市消防局西部消防署根戸分署」が建物と…

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柏陸軍墓地跡散策(軍都柏・その1)

柏駅から柏公園へと足を運んでみる。徒歩では約20分といったところ。かつて、陸軍墓地として造営が進むも、実際には陸軍墓地として使用されることな…

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陸軍工兵学校跡地散策(松戸)

千葉県松戸市。松戸駅のすぐ東側の高台に、かつて陸軍の学校があった。そんな駅チカ戦跡散策を実施してみる。 位置関係 国土地理院航空写真地図・空…

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ブルーインパルスと東京オリンピック2020

2021年7月23日。東京オリンピック2020(TOKYO2020) 昭和39年(1964)昭和の東京五輪(東京オリンピック)開会式にて、航…

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猿江界隈の戦跡散策(江東区)

猿江恩賜公園。ここもまた戦争の爪痕を残す公園であった。そんな猿江恩賜公園と猿江界隈を散策してみる。 猿江恩賜公園(東京大空襲犠牲者仮埋葬地)…

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東京大空襲を耐えた「元江戸川区役所文書庫」

東京東部、江戸川と荒川に挟まれた河口部に「江戸川区」がある。そんな江戸川区の中でも、いちばんの西部寄り=江東区・墨田区寄り・旧中川の近くの平…

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「造船の父と造船の神様」赤松則良墓と平賀譲墓

日本海軍の軍艦造船において、「造船の父」と呼ばれた男と、「造船の神」と呼ばれた男がいた。そんな二人の墓参りをしてみた。 「日本造船の父」(日…

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「東京陸軍刑務所跡」渋谷界隈の戦跡散策

若者で賑わう街「渋谷」。この街には、かつて「陸軍の刑務所」があった。そして、この地で「二・二六事件」に関与した若者たち、青年将校たちが処刑さ…

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神田駅西口高架橋に残る機銃掃射弾痕?

神田駅西口から「煉瓦造りの高架橋」を散策してみました。 JR神田駅 大正8年(1919)、中央本線の万世橋駅ー東京駅間の途中駅として開業。今…

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日本初の田園都市・田園調布の玄関口「旧田園調布駅舎」

「田園調布」日本を代表する高級住宅街は、渋沢栄一の理想とした田園都市でもあった。 田園調布 田園調布は、1918年(大正7年)に渋沢栄一らに…

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もう一つの東京大空襲「山の手大空襲」表参道の戦跡散策

若者たちが集う街、表参道。表参道の交差点には1対の石灯籠があり、そこから明治神宮にかけてケヤキ並木となっている。明治神宮とともに整備された参…

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平河天満宮に残る機銃掃射弾痕

平河天満宮。文明10年(1478)、太田道灌の創建による天満宮。江戸三大天神の一つとも称される平河天満宮にも戦争の爪痕が残っているというので…

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陸軍糧秣廠本所倉庫跡と千種稲荷神社(錦糸公園)

錦糸町駅前の「錦糸公園」は、かつて陸軍の倉庫であり、空襲犠牲者の仮埋葬地であった。 錦糸公園 墨田区立錦糸公園は、大正12年(1923年)に…

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「日本初の常設サーキット」多摩川スピードウェイ跡地

かつて多摩川の河川敷に「サーキット場」があった。場所は、東急東横線多摩川橋梁の隣、多摩川駅と下丸子駅の間の川崎側。堤防に観客席跡などが今も残…

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「救援のために水を運ぶ婦人の像」(日本赤十字看護大学広尾キャンパス)

東京都渋谷区。日本赤十字看護大学広尾キャンパス前庭。 赤十字社と戦争は切っても切れない関係がある。日本において、赤十字社は、1877年(明治…

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陸軍流山糧秣廠跡地と千草稲荷神社

「流山糧秣廠」、正式名称は「陸軍糧秣本廠流山出張所」。流鉄平和台駅近くに、かつて日本陸軍の糧秣保管の施設があった。 位置関係 国土地理院航空…

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新河岸川橋梁に残る弾痕修復の名残?(北区)

鉄道と軍隊は、切っても切れない重要な関係にあった。そのため日本の動脈である鉄道は、戦時中は幾多の危険を伴っていた。 新河岸川に架かる「新河岸…

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鶴見線大川支線第五橋梁に残る機銃掃射弾痕

JR鶴見線の大川支線。白河運河にかかる第五橋梁には、米戦闘機による機銃掃射の弾痕が今も残されている。 鶴見線国道駅にも機銃掃射の弾痕が残って…

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「帝都の門・永代橋」と「震災復興の華・清洲橋」

隅田川の下流にかかる2つの橋。「永代橋」と「清洲橋」。関東大震災で壊滅した下町復興のために架橋された、2つのシンボルブリッジであった。 永代…

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海軍技術研究所と陸軍目黒火薬製造所跡(目黒区)

JR恵比寿駅と東急中目黒駅、目黒川のほど近くにはかつて陸軍火薬製造所、そして海軍技術研究所があった。 陸軍目黒火薬製造所 幕末に江戸幕府は千…

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奥沢海軍村跡(世田谷区)

東急線の自由が丘駅と奥沢駅の周辺。高級住宅地エリアであるこの界隈は、かつて「海軍村」であった。 奥沢海軍村 大正12年(1923)に発生した…

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浜松駅周辺の戦跡散策【浜松5】

浜松駅周辺の戦跡散策。浜松空襲の名残をたどってみる。 揚子橋に残る弾痕 馬込川にかかる揚子橋(ようずばし)。橋の南北に激しく機銃掃射による弾…

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静大浜松キャンパス周辺の陸軍戦跡散策【浜松4】

静岡大学浜松キャンパスは、かつて、陸軍の兵営地であった。わずかに残る当時の痕跡を巡ってみたいと思う。 静岡大学浜松キャンパスに展開していた陸…

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浜松三方原の陸軍戦跡散策【浜松3】

「三方原の戦跡」と書いてしまうと、元亀3年(1572)、三方原古戦場での徳川家康と武田信玄の「三方原合戦(三方原の戦い)」の跡地を巡る散策に…

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「日本初の零戦復元機」零式艦上戦闘機52型甲(空自浜松広報館エアパーク)【浜松2】

航空自衛隊の広報施設である浜松広報館「エアパーク」。ここには空自の退役機に混じって、零戦が展示されている。 零式艦上戦闘機五二型甲 A6M5…

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「怨親平等の観音様」松井石根大将と興亜観音・殉国七士之碑(熱海)

静岡県熱海市伊豆山。太平洋を望む風光明媚な伊豆山鳴沢山の中腹。 陸軍大将 松井岩根が願主となって支那事変戦歿者を「怨親平等」わけへだてなしに…

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「河野壽大尉自決の地」二・二六事件と熱海陸軍病院跡

昭和11年(1936)2月26日。後の世に言う「2・26事件」。東京以外では唯一、湯河原・熱海でも事件があった。 2・26事件と河野壽大尉 …

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傷ついた兵士の療養所「傷痍軍人箱根療養所」(箱根病院・小田原)

箱根登山鉄道「風祭駅」。かまぼこの鈴廣の本店や土産物店、鈴廣かまぼこ博物館などで賑わう駅前とは反対側の山の方に、「箱熱病院」がある。この病院…

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瓜生外吉海軍大将之像と瓜生外吉墓(小田原と南青山)

小田原に、海軍大将 瓜生外吉 が晩年に隠棲した邸宅があった。 瓜生外吉(うりゅう そときち) 安政4年1月2日(1857年1月27日) &#…

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「ガラスのうさぎ像」二宮駅に残る機銃掃射弾痕(二宮町)

JR二宮駅南口のロータリーに「少女の像」が立っている。ガラスのうさぎを手にした、少女の像は、戦争にまつわるエピソードがあった。 ガラスのうさ…

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「計画に無かった最後の空襲」小田原空襲の戦跡散策

小田原地区は大規模な絨毯爆撃こそ受けることはなかったが、小規模な空襲は数度あった。そして関東地方を空襲した米軍機の帰路にあたるために、たびた…

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潮音寺の平和観音・特設自動車隊第23中隊(小田原)

小田急足柄駅の近くに鎮座している「潮音寺」。ここに平和観音があるというので足を運んでみた。 平和観音 平和観音比島派遣軍特設自動車隊第二十三…

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「陸軍中佐上原重雄戦死の地碑」と「疾風のプロペラ」(小田原)

小田原市沼代。その山中の道路の傍らに、この地で戦死された搭乗員の慰霊碑があった。 上原重雄 鹿児島出身。陸士第52期卒業。スマトラ島のパレン…

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駆逐艦五月雨戦没者慰霊之碑(小田原)

JR早川駅から見える大きな白い観音様。「魚藍観音」小田原市早川の東善院に、駆逐艦五月雨の慰霊碑があるというので足を運んでみた。 駆逐艦五月雨…

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「45cm四四式二号魚雷」神山神社に残る国産初の魚雷(小田原)

小田原駅から北西に約2キロの地に鎮座している神社に「魚雷」があると聞き、足を運んでみた。なんでも地元では「久野の爆弾神社」といわれているらし…

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英連邦兵士たちが眠る日本唯一の墓苑「英連邦戦死者墓地」(横浜)

神奈川県横浜市保土ケ谷区。この地に、イギリス連邦諸国の戦死者専用墓地がある。日本の中のイギリス。足を運んでみました。 アクセスはバスで。保土…

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臨時東京第三陸軍病院跡(相模原)

小田急相模原駅から一直線に伸びる道路を1.5キロほど突き当たりまで歩いていくと、「国立相模原病院」にたどり着く。「国立相模原病院」はかつて、…

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「八面九体地蔵」空襲犠牲者供養の地蔵(板橋区)

東京都板橋区大山金井町16-8。東武東上線大山駅徒歩8分。 大山の住宅地の交差点に、お地蔵様が建立されていた。「八面九体地蔵」文字通りに、八…

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平和の碑・探照灯基地跡(川崎市麻生区)

神奈川県川崎市麻生区古沢。小田急線新百合ヶ丘駅から歩いて10分ほどの里山に、かつて「探照灯基地」があったという。 戦争末期、内地防空の為に、…

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「現存最古の地下鉄駅直結の民間建造物」明治屋京橋ビル

明治屋京橋ビル 東京都中央区京橋の「明治屋京橋ビル」昭和8年(1933)建設。ルネサンス様式の優美な姿が特徴的。設計者は曾禰中條建築事務所(…

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東京裁判と久保山火葬場(横浜)

東京裁判と殉国七士 巣鴨プリズン昭和23年(1948年)12月23日、 当時、皇太子であった 上皇陛下の15歳の誕生日であった。 12月23…

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難波宮跡公園周辺の戦跡散策(大阪)

大阪城の南側、難波宮跡周辺を散策してみた。「難波宮跡公園」界隈。 大阪医学校跡 明治天皇聖躅碑大阪師範学校跡 明治天皇聖躅碑(国立病院大阪医…

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兵部大輔大村益次郎卿殉難報國之碑と埋腿骨之地(大阪)

大阪市中央区法円坂の国立病院機構大阪医療センター近くの上町交差点。ひときわに大きな石碑がある。当時、この地にあった鈴木町の大阪府医学校病院(…

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大阪大空襲 京橋駅爆撃被災者慰霊碑(大阪京橋)

1945年8月14日、約150機のB29による大阪空襲にて、国鉄京橋駅では甚大な被害が発生した。そのため「京橋空襲」とも呼称されている。 往…

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海軍艦政本部・大阪倉庫跡

海軍艦政本部は、海軍大臣に隷属し、造艦・造兵・造機に係わる事務を司った海軍省外局のひとつ。艦本式ボイラーや艦本式タービンなどの開発などで、略…

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「駆逐艦のふるさと」藤永田造船所跡地(大阪)

大阪市内にあった民間の造船所。日本最古の造船所とも言われ、また多くの駆逐艦を製造し、「西の藤永田、東の浦賀」とも称されていた。 そんな、大日…

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板橋の田園調布「ときわ台駅」周辺散策

東京都板橋区常盤台。東武東上線「ときわ台駅」。東急の「田園調布」、小田急の「成城学園」などの鉄道会社主体の住宅地造成ブームの中で、東武鉄道が…

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「明治神宮外苑」と「青山練兵所跡」

明治神宮外苑。 もともと当地は、「青山練兵場」であった。大正元年(1912)9月13日、  明治天皇崩御による「大喪の礼」が青山練兵場で執り…

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「御所トンネル」と「青山練兵場停車場跡」

東京都下を東西に結ぶ中央線。その中央線の中でも最古のトンネルが「御所トンネル(旧御所トンネル)」。このトンネルの建設には陸軍も関与しておりま…

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東京都港湾局専用線の廃線跡(晴海・豊洲)

戦後に敷設され、昭和を支えるも、昭和の幕引きとともに全廃となった貨物線。時代区分としては、近代から現代の間ではあるが、産業遺産として、以下に…

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旧上武大橋橋桁に残る機銃掃射弾痕

上州・群馬県伊勢崎市と武州・埼玉県深谷市とを結ぶ「上武大橋」。旧上武大橋は昭和6年起工し、昭和9年10月に竣工した。 昭和20年7月、群馬方…

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東京第二陸軍造兵廠深谷製造所深谷工場跡地散策

埼玉県深谷市。かつてここには兵器工場「陸軍造兵廠」があった。東京第二陸軍造兵廠深谷製造所として深谷市内に「原郷工場(深谷工場)」「明戸工場」…

海軍大和田通信隊跡地散策(新座市・清瀬市・東久留米市)

埼玉県新座市西堀、東京都清瀬市清戸、東久留米市上の原にかけて、かつて大日本帝国海軍の通信施設があった。内陸県・海なし県「埼玉」にある、貴重な…

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花の都の靖國櫻(戦後76年)

静静と花見を。 靖國神社の御英霊と共に愛でる。桜花で祭り、そして祀る。 散る桜 残る桜も 散る桜 良寛和尚 奉頌歌「靖國神社の歌」 日の本の…

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海軍道路と桜並木(横浜市瀬谷区)

横浜市瀬谷区の通称「海軍道路」 相模鉄道「瀬谷駅」より北の八王子街道に向けて一直線に伸びる約3キロの直線道路。見事な桜並木の名所と…

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海軍兵学校の門標(横浜)

横浜駅から歩いて約10分ほどの場所に、海軍兵学校ゆかりの門標があった。 海軍兵学校の門標 海軍兵学校の門標 明治初年、勝海舟の書。 昭和20…

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大本営地下壕と市ヶ谷記念館(防衛省・市ヶ谷台ツアー)

市ヶ谷台ツアーに参加してきました。「大本営地下壕跡」を中心に掲載していきます。 以前に「市ヶ谷ツアー」に参加したときとは、コースも大きく変更…

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横沢入の戦車橋と地下壕跡(あきる野市)

東京都あきる野市に武蔵野の里山が残っている。「横沢入里山保全地域」静かな里山に、ひっそりと戦跡も混じっていた。 夏場は草が茂っていて観察には…

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B29搭乗員慰霊碑(川口市安行吉蔵)

埼玉県川口市にB29の慰霊碑があるというので足を運んでみた。川口市の安行吉蔵(あんぎょうきちぞう)。安行地区には、安行〇〇という地名がいくつ…

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都内最古の道路鉄橋「南高橋」(中央区)

昭和7年(1932)に架橋された「南高橋」。もともとは明治37年(1904)に架橋された「両国橋」中央部を移築改良したもの。(「旧両国橋」)…

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B29搭乗員慰霊碑とB29エンジン(青梅)

青梅市の山中にB29が墜落したのは、昭和20(1945)年4月2日未明のことであった。その墜落現場の山中に、B29搭乗員の慰霊碑が建立されて…

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「哀しみの東京大空襲」と「時忘れじの塔」

上野には、2つの東京大空襲関連の慰霊碑がある。その2つともに、海老名 香葉子 氏(落語家初代林家三平の妻・作家)が携わっていた。 2005年…

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3月10日(東京大空襲から76年)

令和3年(2021)3月10日で76年目。 昭和20年(1945)3月10日午前0時過ぎ、爆撃が開始。犠牲者10万人を超す規模であり、単独の…

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鎌倉橋の機銃掃射弾痕(千代田区)

鎌倉橋 日本橋川に架かるコンクリート橋。関東大震災の復興橋の一つで、昭和4年(1929)4月25日の架橋、長さ30.1m、幅22.0mのコン…

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東京大空襲・戦災資料センター

以前から気になっていた場所。東京大空襲を知る上で、欠かせない場所です。  太平洋戦争末期の1945年(昭和20年)3月10日未明、約300機…

渋沢栄一墓【渋沢栄一10】

渋沢栄一の暮所(渋沢家墓地)は、谷中霊園にある。地番は「乙11号1側」。 1858年(安政5年) 渋沢栄一(18歳)、尾高惇忠の妹・尾高千代…

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深川と渋沢栄一宅跡【渋沢栄一9】

渋沢栄一は深川とも縁が深かった。 渋沢栄一は、明治9年に深川福住町に屋敷を購入、明治21年に中央区兜町(渋沢が創建した第一国立銀行の近く)に…

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誠之堂と清風亭(深谷市)【渋沢栄一8】

渋沢栄一に関係する建物が、2棟、深谷市内の大寄公民館敷地に移築されている。平成11年に東京世田谷区にあった銀行保養施設「清和園」から深谷市に…

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渋沢栄一と血洗島(深谷市)【渋沢栄一7】

深谷市の北部「血洗島」。「日本近代経済の父、日本資本主義の父」渋沢栄一の出身地を散策してみます。(散策ポイントが広域に点在しているのでレンタ…

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日本初の機械式煉瓦工場「日本煉瓦製造上敷免工場」と専用鉄道線跡【渋沢栄一6】

明治政府は急速な近代化整備を行うにあたり良質な煉瓦を必要としており、大量生産可能な煉瓦工場を必要としていた。煉瓦需要を受けた渋沢栄一らによっ…

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渋沢栄一像と深谷駅【渋沢栄一5】

渋沢栄一の出身地「深谷市」。その深谷駅前に渋沢栄一像がある。 渋沢栄一像 青淵澁澤榮一像 青淵広場 碑文正二位勲一等子爵澁澤栄一先生は、天保…

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「日本最初の銀行」渋沢栄一と兜町【渋沢栄一4】

兜町には、渋沢栄一が設立した「日本最初の銀行」、そして渋沢栄一が発起人を努めた「日本最初の証券」、そして隣の茅場町には同じく渋沢栄一が関係し…

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渋沢栄一像と日本銀行【渋沢栄一3】

日本橋界隈の渋沢栄一関連を散策してみる。 常盤橋公園(常磐橋) 常盤橋公園は、江戸城の城門の一つ常盤橋門があったところ。 昭和8年(1933…

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「日本の福祉・医療の原点」養育院と渋沢栄一【渋沢栄一2】

渋沢栄一銅像 板橋区登録有形文化財渋沢栄一銅像 初代養育院院長として渋沢栄一は50年以上養育院に関与し、他の職を辞することはあっても、養育院…

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晩香廬と青淵文庫(渋沢栄一旧邸・曖依村荘跡)【渋沢栄一1】

2024年度発行予定の1万円新紙幣の顔、そして2021年の大河ドラマの主人公でもある渋沢栄一の邸宅は飛鳥山にあった。 渋沢栄一 日本近代経済…

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荒川遊園煉瓦塀(荒川区)

都内唯一の区営遊園地「あらかわ遊園」。「あらかわ遊園」のあった地は、明治から大正にかけて「煉瓦工場」があった場所でもあり。煉瓦工場から遊園地…

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元加賀公園と川南公園(震災復興公園・江東区)

大正12年(1923)の関東大震災ののち、帝都復興院総裁となった後藤新平が中心となって、地震発生時の防火帯設置を目的とした公園の確保が重要視…

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紀元二千六百年式典の式殿「光華殿」

東京都小金井市。都立小金井公園内。江戸東京たてもの園ビジターセンター。この建物は、国家的な祝事で使用された建物「光華殿」であった。 紀元二千…

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陸軍航空士官学校狭山飛行場跡(陸軍狭山飛行場跡)

埼玉県入間市。入間市で有名なのが「狭山茶」、隣の狭山市にあるのが「入間基地」。入間と狭山は地名が交差していてややこしい。 この地にあった飛行…

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「国産第1号の鉄橋・都内最古の鉄橋」旧弾正橋(八幡橋)

富岡八幡宮の東側、かつて八幡堀川という川に架かっていた「八幡橋」。もともとは中央区宝町付近の楓川に架かっていた「弾正橋」という橋であった。 …

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旧東京市深川食堂(深川東京モダン館)

深川。門前仲町の交差点の近くに東京大空襲をくぐり抜けた建物が残っていた。 現在でも通用するモダンなデザインの建物が昭和7年竣工というのだから…

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飯能市大河原の監的壕

埼玉県飯能市の山に「射撃場の跡」があるというので脚を運んでみた。 監的壕(かんてきごう)飯能町在郷軍人分会常設射撃場 射撃の着弾点や命中率を…

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JR両国駅と両国橋散策

明治37年(1904)4月5日に、千葉方面に鉄道を展開していた私鉄・総武鉄道によって「両国橋駅」として開業。総武鉄道は千葉県内初の鉄道。本所…

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浅草の近代建築散策

浅草界隈の近代建築散策などを。 東武鉄道浅草駅ビル 東武鉄道の浅草駅ビルは昭和6年(1931)竣工。地上7階・地下1階の建物は、鉄道省の初代…

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和泉町ポンプ所(千代田区)

東京都下水道局和泉町ポンプ所 大正11年竣工の鉄筋コンクリート2階建ての建造物。大正11年(1922)8月に稼働開始。現存する日本初のポンプ…

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東京第二陸軍造兵廠板橋製造所跡地散策(その2)

東京第二陸軍造兵廠板橋製造所の跡地を散策。 加賀公園・野口研究所跡地・理化学研究所板橋分所跡地・愛誠病院エリアなどは「その1」にて。 「その…

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東京第二陸軍造兵廠板橋製造所跡地散策(その1)

十条の造兵廠は掲載しておりましたが、板橋の造兵廠は未掲載でした。板橋の二造は公園整備が行われることも決まり、そのために記録が鈍化していたとい…

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東京第二陸軍造兵廠深谷製造所櫛挽工場跡地散策

埼玉県深谷市。かつてここには兵器工場「陸軍造兵廠」があった。東京第二陸軍造兵廠深谷製造所として深谷市内に「原郷工場(深谷工場)」「明戸工場」…

「弾薬庫から女子大へ」大塚弾薬庫跡散策

東京都文京区大塚。JR大塚駅は本来の「大塚」からは遠い。丸ノ内線の新大塚駅から茗荷谷駅にかけて、そして有楽町線の護国寺駅から東にかけてのエリ…

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「京浜工業地帯の父」浅野財閥・浅野総一郎像と墓

たまたま清洲橋の近くで浅野総一郎銅像を見つけたということもあり、浅野総一郎のことを調べていたら、鶴見の大本山総持寺に墓もあるとのことなので、…

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「日本建築史のパイオニア」伊東忠太作品と伊東忠太墓 

日本の近代建築を巡っていると、知らず知らずに出会っているのが「伊東忠太」が手掛けた建造物。日本近代建築において、欠かすことができない人物。そ…

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国道駅に残る機銃掃射弾痕

昭和17年4月18日、ドーリットル空襲において横浜・川崎地区でも初空襲を受けて以来、横浜は大小30回にも及ぶ空襲を受けてきたという。 昭和1…

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世界無名戦士之墓

埼玉県越生町に「第二次世界大戦で戦死した犠牲者の慰霊施設」があるという。その名も「世界無名戦士之墓」という慰霊廟。 越生駅 越生といえば「越…

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「最後の空襲」熊谷の戦跡散策

昭和20年8月14日から8月15日にかけて。結果論的にいうと8月15日正午に「終戦の詔」が発せられる、その12時間前に、埼玉県熊谷市に空襲が…

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法務省旧本館(旧司法省庁舎)

「中央合同庁舎第6号館赤れんが棟」、とも呼称。明治期に造られた官庁集中計画建造物で唯一現存する建物。国重要文化財指定(外観のみ指定、内装は除…

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12月23日

令和2年になっても、12月23日は特別な記念日という想いが強い。 平成の時代は 天皇誕生日、であった。そして令和の時代は 上皇誕生日。御年8…

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越谷飛行場跡地散策

埼玉県のシンボルであり、県民の鳥としても親しまれているシラコバト。埼玉県のマスコットキャラクター・コバトンとしても近年では馴染みが深い。そん…

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伊奈利神社・忍高等女学校奉安殿(羽生市)

伊奈利神社・忍高等女学校奉安殿 埼玉県羽生市中岩瀬鎮座。御祭神は稲荷神、宇迦之御魂神。本務社は羽生市小松鎮座の小松神社。神社としての由緒は不…

「七転八起のダルマ蔵相」高橋是清像と関連史跡

総理大臣を1度、そして大蔵大臣を6度も勤め、近代日本きっての財政家として、「ダルマさん」として、親しまれた高橋是清にまつわる史跡などを散策し…

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秩父御嶽神社の東郷元帥立像と乃木大将立像

埼玉県飯能市。最寄りは西武秩父線吾野駅。秩父路の途中に、東郷平八郎と乃木希典を祀る神社があった。「秩父御嶽神社」ちょうど紅葉の季節に機会があ…

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明治天皇海軍漕艇天覧玉座阯碑

隅田公園に残る石碑。隅田川左岸の向島にある「隅田公園」はもともと水戸徳川家下屋敷跡であったが、震災復興公園として昭和6年に整備された公園。そ…

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「北千島開拓の先駆者」郡司成忠大尉の墓と言問団子桟橋

隅田公園の北側、言問団子の近く。海軍大尉で冒険家であった郡司成忠のゆかりの地。郡司成忠の冒険は隅田川から始まったのだ。 郡司成忠(ぐんじ し…

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「敵兵救助の武士道」雷艦長・工藤俊作中佐の墓

埼玉県川口市。川口市朝日にある真言宗智山派寺院薬林寺に海軍中佐・工藤俊作の墓がある。 工藤俊作 工藤俊作。最終階級は海軍中佐。1901年(明…

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東京大空襲と下町(墨田区本所)

墨田区の本所と呼ばれる地域は、かつては東京市本所区であった。江戸・東京の下町であり、江戸の東端、でもあった。大正12年(1923年)の関東大…

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「最後の将軍と幕末の三舟」徳川慶喜墓と三舟墓

先日、勝海舟にまつわる史跡を巡り、勝海舟墓に参拝したら、ふと幕末三舟の残りの二人、山岡鉄舟と高橋泥舟の墓はどこにあるか気になって探してみたと…

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「日本海軍の生みの親」勝海舟像と勝海舟墓

都内で、勝海舟にまつわる史跡などを散策してみました。 勝海舟(勝麟太郎/勝安芳) 旧幕臣。政治家。正二位勲一等伯爵。明治政府の初代海軍卿。(…

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「最後の幕臣から明治最良の官僚へ」榎本武揚像と榎本武揚墓

都内で、榎本武揚にまつわる史跡などを散策してみました。 榎本武揚 1836年10月5日〈天保7年8月25日〉 – 1908年〈明…

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まんしゅう母子地蔵と浅草寺の戦跡散策

浅草寺境内を戦跡を中心に散策してみました。 まんしゅう母子地蔵(母子地蔵) 母子地蔵建立の由来第二次世界大戦末期、ソ連参戦で混乱状態となった…

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中島航空金属と武蔵野鉄道引込線跡の戦跡散策(東久留米・西東京)

西武線の東久留米駅から西東京方面に向けて、かつて貨物線路が引かれていた。中島飛行機関連の工場に向けての貨物線であった。 中島飛行機田無試運転…

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池上本門寺の戦争慰霊碑(大田区)

池上本門寺にて、戦争に関連する慰霊碑などを巡ってみる。 国難に殉じられた皆様に感謝と哀悼を。合掌。 日本看護婦会慰霊塔 由緒等はなく建立経緯…

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北千住界隈の戦跡散策(足立区)

北千住界隈の戦跡としては、千住神社の防空壕が有名だけれども、それ以外にもいくつか見どころがあるので、以下に紹介をしてみる。 B29無名戦士慰…

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「日本毛織物工業の父」井上省三と千住製絨所(荒川区)

東京都荒川区。南千住にかつて被服製造の官営工場があった。近代化を推し進める明治新政府にとって、軍服や制服といった洋装は輸入に頼っており、その…

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八紘一宇碑と千住大橋

千住大橋の南側にひときわ大きな石碑が残されている。「八紘一宇」の碑。同様の石碑の多くは戦後に撤去されてしまったが、交通の往来激しい千住大橋脇…

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彰義隊の墓(円通寺・荒川区)

彰義隊の墓は上野公園にもある。その上野公園の彰義隊の墓は、上野山内に放置されていた遺体を「円通寺」の住職仏磨らによって茶毘に付され、そうして…

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磯部浅一墓(二・二六事件)

南千住回向院(小塚原回向院)慶安4年(1651)に小塚原刑場での刑死者を供養するために建立された南千住の回向院。安政の大獄で刑死した橋本左内…

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根岸競馬場跡(横浜競馬場跡)

神奈川県横浜市中区根岸台にあった競馬場。現在は主に根岸森林公園として再整備。日本初の洋式競馬場跡地。 根岸競馬場(横浜競馬場) 幕末の186…

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国歌「君が代」発祥の地(横浜)

国歌「君ヶ代」発祥の地は横浜だった。(幻となった初代メロディーとして) 初代「君が代」発祥の地 イギリス公使館護衛隊であった英国陸軍第十聯隊…

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陸軍航空本廠寄居出張所の跡地散策

かつて東武東上線男衾駅から、軍用線が西に伸びていた。東武線から分岐した軍用線の先にあったのが「陸軍航空本廠寄居出張所」であった。 陸軍航空本…

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東京第一陸軍造兵廠川越製造所跡地散策(上福岡)

埼玉県ふじみ野市。最寄り駅は東武東上線上福岡駅。上福岡駅から東の方向に、当時は陸軍の工場(軍需工場)があった。「陸軍造兵廠福岡工場」、のちの…

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東京第一陸軍造兵廠跡地散策・その3(十条編)

東京第一陸軍造兵廠跡地をめぐる散策。ここでは北部の十条地区を巡ってみたいと思います。工廠神社として祀られていた「四本木稲荷神社」や南部の「滝…

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東京第一陸軍造兵廠跡地散策・その2(滝野川・王子編)

※撮影は2016年~2020年 東京第一陸軍造兵廠跡地をめぐる散策。ここでは南側の「滝野川・王子地区」を巡ってみたいと思います。工廠神社とし…

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東京第一陸軍造兵廠跡地散策・その1(四本木稲荷神社)

東京都北区は軍都であった。 赤羽には「工兵隊」(近衛工兵大隊・第1師団第一工兵大隊)、西が丘には「兵器補給廠」と「射撃場」、そして南の十条及…

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駆逐艦 不知火の錨(初代)

日露戦争で活躍した初代不知火の錨が、墨田区立両国小学校に保存してあった。 不知火(東雲型駆逐艦4番艦) 1899年(明治32年)、イギリス・…

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氷川八幡神社・白子国民学校奉安殿(和光)

埼玉県和光市下新倉鎮座 氷川八幡神社境内・琴平神社稲荷神社(白子国民学校奉安殿) 氷川八幡神社の旧本殿と社務所は昭和20年5月の戦災にて焼失…

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平沼駅跡(京浜急行電鉄・横浜)

京急の横浜駅と戸部駅のあいだにかつて、平沼駅という駅があった。駅としての実働は実に12年半であった。 そして、横浜大空襲で残存施設は壊滅・・…

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田無平和観音・戦災者慰霊塔(西東京)

平和観音は総持寺に鎮座、記念碑は田無駅前に建立。 田無(西東京市)は、「中島航空金属田無製造所」があり、そして「中島飛行機武蔵工場」にも近く…

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浄牧院の爆弾型石塔(東久留米)

東久留米市大門町鎮座。曹洞宗寺院 神護山 浄牧院 東久留米の南には「中島航空金属田無製造所」や「中島飛行機武蔵製作所」などの軍需工場があり、…

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少年航空兵像と所沢陸軍整備学校(所沢航空記念公園)

明治44年(1911年)、日本初の飛行場として、所沢飛行場が開設。以来、昭和20年(1945年)の終戦に至るまで、日本の航空発展の歴史は、所…

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日本初の航空犠牲者・木村中尉と徳田中尉(所沢)

日本初の飛行場、航空発祥の地「所沢」航空事故も所沢が日本初であった・・・。 東京青山練兵場から所沢飛行場に向けてのフライトで、所沢飛行場を目…

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「日本の航空事始め」アンリ・ファルマン機と徳川好敏(所沢航空発祥記念館と代々木公園)

所沢航空発祥記念館に展示されている「アンリ・ファルマン機」。日本で初めての動力飛行を行った飛行機。徳川好敏とともに初フライトを行ったアンリ・…

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九一式戦闘機二型(所沢航空発祥記念館)

所沢航空公園にある「所沢航空発祥記念館」。ここに日本の航空史上で貴重な機体が展示されているので脚を運んでみた。 九一式戦闘機(二型) 胴体部…

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移動演劇さくら隊 原爆殉難碑(目黒区)

目黒不動に隣接する五百羅漢寺。境内には、疎開巡業中に広島で原爆の被害にあった劇団さくら隊(桜隊)の慰霊碑が建立されている。 移動演劇さくら隊…

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長慶寺稲荷社・池雪国民学校奉安殿(大田区)

大田区東雪ヶ谷鎮座。 長慶寺境内・朝日稲荷社(池雪国民学校奉安殿) 昭和15年築の旧池雪尋常小学校奉安殿(旧池雪国民学校奉安殿)という。池雪…

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75年目の8月15日-靖國神社

靖國神社 靖國神社・午前10時 本年の放鳩式は神社関係者のみでの開催。一般参列者は観覧のみ。 靖國神社・山口宮司「英霊ありがとう」の気持ちと…

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清水稲荷神社・鷹番国民学校奉安殿(目黒区)

目黒区に鎮座するお稲荷様は、なんとなく変わった御社殿。 戦前に「御真影( 天皇陛下と 皇后陛下のお写真)」と「教育勅語(勅語謄本)」を納めて…

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B29と平和観音(東村山・秋津)

JR武蔵野線・新秋津駅と西武池袋線・秋津駅が交わる地。この場所にかつて、米軍B-29爆撃機が墜落し、土地の地主が私財を投じて慰霊の観音様を建…

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傷痍軍人東京療養所・外気舎(清瀬)

東京都清瀬市現:独立行政法人国立病院機構東京病院・外気舎記念館 結核治療のメッカとなった清瀬。いまでも多くの病院が集まる病院街。そんな清瀬の…

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ランドセル地蔵(八王子)

相即寺・延命閣地蔵堂(東京都八王子市泉町) 西八王子駅よりバスに揺られて約15分ほどで「花川バス停」に到着。すぐ隣の寺院が目的地の「相即寺」…

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東幼観音と東京陸軍幼年学校(八王子)

八王子市長房町地区。多摩御陵の東側にかつて陸軍の学校があった。 「東京陸軍幼年学校」学校の近くにある「東照寺」には、当時を偲ぶものがあるとい…

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ドーリットル空襲と東京初空襲の地(荒川区)

都電荒川線「熊野前停留場」、日暮里舎人ライナー「熊野前駅」より北側、隅田川の方に向かって5分ほど歩く。熊野前保育園の壁に沿って案内板が立って…

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閘門橋(弐郷半領猿又閘門)

閘門橋というレンガ造りのアーチ橋があるときいて、ちょっと脚を伸ばしてみました。訪れてみたら、予想以上に素晴らしい橋で、これはちょっと興奮物。…

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ドーリットル空襲と石出巳之助之墓

ドーリットル空襲 昭和17年(1942)4月18日。米陸軍所属のB-25爆撃機16機が米海軍所属の空母ホーネットより発進し、日本本土への空襲…

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旧岩淵水門(赤水門)

大正13年(1924)竣工の水門。現在は近代化産業遺産として保存されている。 位置関係 国土地理院航空写真を一部加工ファイル:USA-M38…

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北区西が丘の戦跡散策

赤羽と十条の界隈。当時の北区は軍事施設の集中地帯であった。 今回は十条の北西側に位置する「北区西が丘エリア」の戦跡散策。「陸軍兵器補給廠跡」…

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赤羽台の戦跡散策

東京都北区赤羽台 軍都赤羽 赤羽台。現在の赤羽八幡神社の裏手や星美学園、東京北医療センター界隈には2つの工兵大隊が駐留をしていた。「第一師団…

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旧大井町変電所

品川区 JR品川駅とJR大井町駅の間に。京浜東北線に乗っていると車窓から見えるレンガ造りの建物が目に付き、気になったので脚を運んでみました。…

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海軍水雷学校と海自第2術科学校

令和元年11月・横須賀 JR田浦駅近く。 現在の「海上自衛隊第2術科学校」は、海軍水雷学校の敷地を受け継いでいる。 海軍水雷学校 大日本帝国…

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館山の海軍戦跡散策

平成28年4月 ・館山海軍航空隊跡   赤山地下壕  掩体壕  水上班滑走台跡(米軍上陸の地)・第二海軍航空廠館山補給工場跡・安房神社  館…

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平和観音と平和島(大森捕虜収容所跡)

平和島は、昭和14年(1939年)1月31日に京浜第2区埋立地として免許取得。東京都が事業主体として埋め立てを開始。 しかし、埋め立ては第二…

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「明治の工業の父」近代硝子工業発祥之地と西村勝三墓

品川の東海寺大山墓地の入口にある史跡。「史蹟 官営品川硝子製作所跡」「近代硝子工業発祥之地」 日本の近代ガラス工業は、この品川からはじまった…

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「日本の鉄道の父」井上勝像と井上勝墓

東京駅丸の内駅前広場北西端に井上勝像がある。 井上勝 天保14年8月1日(1843年8月25日) – 明治43年(1910年)8…

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元町公園-震災復興公園(文京区本郷)

大正12年(1923)の関東大震災ののち、帝都復興院総裁となった後藤新平が中心となって、地震発生時の防火帯設置を目的とした公園の確保が重要視…

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汎太平洋の鐘と南洋群島平和慰霊像(源覚寺)

東京都文京区小石川源覚寺 「こんにゃくえんま」(こんにゃく閻魔・蒟蒻閻魔・身代わり閻魔)で知られる小石川の「源覚寺」に、サイパンゆかりの釣鐘…

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旧・醸造試験所第一工場

国指定重要文化財(建造物) 王子駅から飛鳥山・音無橋の方へ歩いていくと、赤レンガの建物がみえてくる。 旧醸造試験所第一工場(通称・赤煉瓦酒造…

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陸軍航空士官学校高萩飛行場跡(陸軍高萩飛行場跡)

埼玉県坂戸市及び日高市 東武越生線・一本松駅及び西大家駅 JR川越線・武蔵高萩駅 陸軍高萩飛行場(陸軍航空士官学校高萩分教場) 高萩飛行場は…

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JR御茶ノ水駅-聖橋口(解体済)

2020年3月28日で、JR御茶ノ水駅の聖橋口が閉鎖となりました。御茶ノ水駅工事のために、聖橋口駅舎や聖橋口連絡通路は解体へ。。。 御茶ノ水…

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市ヶ谷水管橋

市ヶ谷水管橋(水道管の橋)は、JR市ヶ谷駅前の市ヶ谷橋と並行して、線路と外堀を跨いでいる水管橋。市ヶ谷水管橋の南半分は線路と市ヶ谷駅ホーム、…

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彩帆観音(サイパン観音)

東京都北区。王子駅より荒川の方角に15分ほど歩く。「西福寺」という寺院に、サイパンゆかりの観音様が建立されているというので足を運んでみた次第…

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旧官幣大社南洋神社鎮座跡地遥拝殿(久伊豆神社境内社)

埼玉県越谷市 久伊豆神社境内社 旧官幣大社南洋神社鎮座跡地遥拝殿 旧官幣大社南洋神社鎮座跡地 遥拝殿(きゅうかんぺいたいしゃなんようじんじゃ…

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自由学園明日館

令和元年撮影 訪れた際、何かの団体の貸し切りだったため、外観撮影のみです。 国指定重要文化財な建造物。大正末期から昭和期に建設されたオシャレ…

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東京府庁舎跡

令和元年9月撮影 東京国際フォーラムの片隅に、古めかしい石碑が残っている。 東京都の前身、東京府時代の庁舎跡を示す石碑。 東京府廳舎 大正六…

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日本海軍大東亜戦争戦没者殉国者慰霊碑(龍口寺)

令和元年(2019年)11月撮影 神奈川県藤沢市片瀬鎮座の龍口寺。日蓮が処刑されそうになった地。 ちょうど江ノ島の入口に位置しており、門前に…

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浦和飛行場跡(埼玉第一飛行場跡)

令和2年2月。 1938年、首都圏近郊の「浦和飛行場」「調布飛行場」「砂町飛行場(東京市飛行場)」の3つの飛行場建設が承認された。 そのうち…

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和田堀給水所(世田谷・代田橋)

令和のとある冬に。 京王線代田橋駅のすぐ近くに古風で壮大な建物が残っていた。聞くところによると、近々で建て替えになるとのことで、いま残ってい…

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伏見宮家別邸(祥雲寺)

令和の、とある冬の日の参拝。 東京都豊島区。要町駅のほど近くに鎮座する寺院「祥雲寺」。境内に珍しい建造物があるというので足を運んでみました。…

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陸軍航空士官学校坂戸飛行場跡(陸軍坂戸飛行場跡)

東武東上線「若葉駅」のすぐ北側のエリアにかつて飛行場があった。 もっとも飛行場があった戦前には、まだ若葉駅は開業前(若葉駅は昭和54年開業)…

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陸軍関東松山飛行場跡(唐子飛行場跡)

松山飛行場 今も昔も「松山」という地名は混乱をきたす。戦国の頃は、この地にも「松山城」があり、武蔵の松山もそれなりの知名度を持っていたが、愛…

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軍隊と羊羹

酒保(軍隊での売店)での人気の甘味のひとつであった「羊羹(ようかん)」。そんな羊羹を以下、つれづれと。 間宮羊羹 海軍将兵に最も愛された艦と…

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大船軒のサンドウヰッチ 

2019年撮影 大船軒サンドウヰッチ 大船軒サンドウヰッチ(サンドウィッチ/サンドイッチ)SINCE 1898鎌倉ハムボンレスハム使用 ボン…

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振武臺記念館(陸軍士官学校皇族舎)

陸上自衛隊朝霞駐屯地陸上自衛隊広報センター(りっくんランド) とある冬の日に行ってきました。 振武臺記念館 戦前、ここ朝霞の地に旧陸軍の予科…

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鈴木貫太郎邸跡

現在の文京区千石3丁目。不忍通りの猫又坂に名残の石垣だけが残っている。当時は丸山町と呼称された地域。この地に、終戦時の総理大臣・鈴木貫太郎の…

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国旗掲揚所跡(秋葉原・岩本町)

秋葉原・岩本町界隈。「和泉橋」の隣の駐輪場に、ひっそりと「昭和の遺産」が残っていた。 国旗掲揚所跡(国旗掲揚台跡・国旗掲揚塔跡 ) (表面)…

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鎮守様の戦跡~海老名・神武社

海老名市河原口(海老名市河原口3丁目3付近)に小さなお社が鎮座している。その名も「神武社」。海老名市総鎮守・有鹿神社の境外摂社。 社号の通り…

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東郷氏祖先発祥地

海老名駅から綾瀬市役所方面に向かうバスに揺られて、城山公園バス停で下車。 この地にあった「城山城」が、「東郷平八郎の祖先発祥の地」であったと…

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中島飛行機吉松地下工場と吉見百穴

令和2年2月訪問 むかし、一度か二度か、足を運んだことがあった吉見百穴。だいぶ昔のことだったので、中島飛行機のことは意識していませんでした。…

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浅野カーリット埼玉工場跡と四式陶製手榴弾

令和2年2月撮影 川越の戦争遺跡はちょっと風変わり。「びん沼川」の川岸に異様な不思議な空間が広がっていた。 河川敷に広がる「陶器の欠片」戦時…

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陸軍成増飛行場跡

令和2年(2020年)2月撮影 かつて東京都練馬区にあった陸軍飛行場。 昭和17年(1942)4月18日のドーリットル空襲を期に、帝都防空の…

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立教大学の近代建築

池袋駅のほど近く、立教大学池袋キャンパス。近代建築を散策してきました。 立教大学 池袋キャンパス立教学院平和祈念の碑 チャペル近くにひっそり…

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早稲田大学の近代建築

2020年1月 早稲田大学に残る近代建築と戦跡などを散策してみました。 早稲田大学喜久井町キャンパス (理工学術総合研究所) 戦時中、喜久井…

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東京大空襲・慰霊

撮影:平成29年3月及び平成30年3月 昭和20年(1945)3月10日 「東京大空襲」 罹災者は100万人を超え、死者は7万から10万人以…

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愛の像(アガペの像)

令和元年11月撮影 東京駅の駅前広場再整備が完了したのが2017年。2007年から10年間、人知れずに東京駅から姿を消していた「とある像」が…

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和気清麻呂公銅像(紀元二千六百年記念)

令和元年11月撮影 竹橋駅のすぐ近く、大手濠緑地内に鎮座。現在地は令和2年4月まで竹橋駅エレベーター設置工事で 近寄れなかったため、遠巻きに…

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鳴尾八幡神社慰霊塔(戦艦安芸の砲身?)

令和元年12月参拝 西宮市に所用があった。隙間の時間を利用して阪神電車「甲子園」駅に。そこから歩いて10分ほどのところに「鳴尾八幡神社」とい…

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旧横浜船渠ドックと帆船日本丸

令和元年11月撮影 パシフィコ横浜での展示会に出展参加するために、この界隈に足を運ばざるを得なかった、とある日に。せっかくなので周辺を散策。…

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伊藤博文公墓所

平成29年11月参拝・ 東京都品川区西大井6-10-18 毎年11月3日「文化の日」前後に数日間のみ一般公開されている。通常非公開。 その限…

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JR原宿駅(解体済)

都内最古の木造駅舎 大正13年(1924)建造。令和2年(2020)の東京オリンピック・パラリンピックと連動して解体。 リニュアル前の平成2…

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ロ号艦本式罐(ボイラ)

令和元年11月・横須賀・海上自衛隊第2術科学校 ロ号艦本式ボイラー 昭和15年に舞鶴工廠が製造したボイラー。現在は水管がむき出しの状態で残さ…

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「大嘗宮」一般参観

令和元年11月 「大嘗宮」は近代史でも戦跡でもございませんが、めったに無い機会ですので、写真だけでも。 とはいっても、一応は近代建築物を。 …

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雑司が谷隧道(ウイ・ロード)

令和元年12月撮影 池袋駅北端、東西連絡の歩行者用トンネル。 愛称は、「WE ROAD ウイ・ロード」 東武東上線とJR各線の線路の下を通る…

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阿川弘之を偲ぶ(阿川弘之墓)

令和元年11月参拝鎌倉・浄智寺 阿川弘之墓(阿川家之墓) 海自第2術科学校にて「井上成美 海軍大将」に関する講話と初公開の肉声テープを拝聴し…

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【封鎖中】児玉神社(江ノ島)

令和元年11月参拝 ちょっと最近、気になっていた児玉神社さんに参拝してきました。 ここでは深くは言及しませんが、再建の資金繰りも悪化している…

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民間航空発祥之地散策(千葉)

令和元年11月 先日、幕張・稲毛方面に赴く機会がありましたので散策をしてみました。 民間航空のパイオニア奈良原三次 奈良原三次明治10年(1…

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山縣有朋邸庭園跡(三番町共用会議所)

平成30年11月撮影 山縣有朋邸庭園跡の一般公開にいってきました。(平成30年11月23日) 三番町共用会議所は明治18年に山縣有朋が建築し…

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上野動物園と動物慰霊碑

令和元年11月 「上野動物園」日本で最初の動物園、明治15年(1882)開園。東京市時代の戦前は「東京市公園局・上野恩賜公園動物園」と称して…

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立川駐屯地の戦跡散策(立川防災航空祭)

令和元年11月9日 立川駐屯地の一般公開に合わせて見学をしてきました。旧軍や戦跡に関することを中心に記載を。 立川の戦跡としては、以下も参照…

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第三台場(都立台場公園)

平成29年(2017年)5月撮影 第三台場 ペリー来航に備え東京湾上に作られた品川台場のひとつであった第三台場を利用して昭和3年(1928年…

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ナッチャンWorld(防衛省傭船・特設双胴高速輸送船)

平成30年5月、横須賀久里浜港にて撮影。 ナッチャンWorld ウォータージェット推進機搭載高速フェリー船型 波浪貫通型双胴高速船(アルミ軽…

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陸軍登戸研究所跡散策(明治大学生田キャンパス)

令和元年9月散策 神奈川県川崎市多摩区生田の丘の上に。現在の明治大学生田キャンパスはかつて大日本帝国陸軍の研究所であった。 登戸研究所(第九…

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靖國神社御創立百五十年記念大祭(令和元年)

令和元年10月20日参列 靖國神社は明治2年(1869年)6月29日、明治天皇の思し召しによって建てられた招魂社にはじまる。 そして令和元年…

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鳥濱トメさんの玉子丼・靖國八千代食堂

令和元年10月。 靖國神社御創立150年の節目の年の再整備。令和元年10月10日に「靖國神社外苑休憩所」に新たにオープンした食堂が「靖國八千…

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若宮八幡宮と川崎大師

令和元年10月 川崎でちょっとだけ時間が出来たので、京急大師線で川崎大師駅まで足を伸ばしてみました。 若宮八幡宮御本殿(旧川中島国民学校奉安…

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靖國神社・霊璽奉安祭(令和元年)

令和元年10月17日 靖國神社御創立150周年の節目の祭礼。 霊璽奉安祭 令和元年10月17日19時斎行 年の一度、この霊璽奉安祭にて、お名…

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上野公園の戦跡・近代史跡散策

令和元年10月 上野恩賜公園、通称は「上野公園」「戦争に纏わる史跡」「近代史跡」としての公園散策をしてみた。 時忘れじの塔 東京大空襲の犠牲…

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楠木正成像(皇居外苑)

令和元年9月撮影 楠木正成像 「東京三大銅像」のひとつ。(残りは上野公園の西郷隆盛像、靖國神社の大村益次郎像)本体の高さは約4メートル、花崗…

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愛宕山の戦跡散策(青松寺と愛宕神社)

令和元年9月参拝 芝鎮座の「青松寺」の境内には、戦争にまつわる史跡がいくつか残されている。境内裏手の墓地の一角に。 肉弾三勇士(爆弾三勇士)…

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「ペルリ提督の像」と「遣米使節記念碑」

令和元年9月撮影 増上寺の向かいの芝公園に。 ペルリ提督の像 マシュー・ペリーの頭像。Matthew Calbraith Perry(179…

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護衛艦「いずも」体験航海(令和元年)

令和元年10月4日 先日、護衛艦いずも体験航海(横須賀港~横浜港大さん橋) に参加する機会がありました。 「いずも」での体験航海は実は4年ぶ…

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阿波丸事件殉難者之碑(増上寺)

令和元年9月参拝 阿波丸事件殉難者之碑 芝の増上寺境内に建立。 日本郵船が所有していた貨客船「阿波丸」は、三池丸級貨客船3番船として建造され…

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殉職救護員慰霊碑と看護婦立像(日本赤十字社)

令和元年9月撮影 港区芝大門の日本赤十字社本社前庭に。 慰霊碑には明治27年の日清戦争から第二次世界大戦において戦時救護に服し、殉職した13…

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日本水準原点標庫(参謀本部陸地測量部跡)

令和元年9月撮影 かつて陸軍参謀本部があった地。この場所に残されている「大日本帝国」を物語る遺構。 日本水準原点標庫 「日本水準原点標庫」は…

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寺内正毅像台座跡と三宅坂

令和元年9月 現在の三宅坂小公園 (東京都千代田区隼町4)最高裁判所付近にある三宅坂交差点の三角エリアの公園 立派な台座の上には 「3人の裸…

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一橋大学の近代建築・戦跡散策

令和元年9月撮影 国立の一橋大学。戦前は「東京商科大学」日本最初の官立単科大学、日本最初の商科商業大学。 関東大震災により「一ツ橋」の校舎が…

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戦没学友の碑(一橋大学)

令和元年9月参拝・国立市 一橋大学「佐野書院」。ここに2000年に建立された慰霊碑がある。 佐野書院は東京商科大学初代学長佐野善作氏が私邸を…

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海軍大佐 野島新之丞 邸(国立市)

令和元年9月撮影 海軍大佐 野島新之丞 野島新之丞は三重県出身・海兵30正五位勲三等功五級昭和28年9月2日に死去、墓所は多磨霊園 海軍兵学…

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国立駅前の国旗掲揚塔

令和元年9月撮影・国立市 JR国立駅南口。訪れたときは、赤い三角屋根で有名だった 「旧国立駅舎」( 大正15年(1926年)建造 )再建工事…

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興亜神社(亜細亜大学)

令和元年九月参拝・武蔵野市 友人より「亜細亜大学に興亜神社という神社があって・・・」と貴重な情報を耳にしたので、足を運んでみました。 興亜専…

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鐵道聯隊E形蒸気機関車

令和元年9月撮影 日本陸軍の鐵道聯隊(鉄道連隊)で活躍した蒸気機関車(SL)が「新江古田駅」の近くに保存してある、と聞きまして、足を運んでみ…

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明治天皇荻窪御小休所と西郊ロッヂング(荻窪)

平成30年9月撮影 荻窪駅から東に歩く。駅から3分ほどの地に唐突に和風建築が見えてきた。 明治天皇荻窪御小休所 明治天皇荻窪御小休所昭和11…

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高島秋帆と高島平(火技中興洋兵開祖)

高島秋帆 (たかしま しゅうはん) 江戸時代末期の砲術家 高島流砲術の創始者(流祖)火技之中興洋兵之開祖 寛政10年(1798)の生れ。先祖…

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佐世保海軍墓地

平成28年(2016)7月撮影 佐世保市の「東公園」(「東山公園」)「佐世保東山海軍墓地」「佐世保旧海軍墓地」「東山旧海軍墓地」 平成28年…

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宝塚聖天英霊礼拝堂「大光明殿」

令和元年9月参拝 宝塚市に鎮座している寺院。「宝塚聖天了徳密院」 「ゼロ戦墓地」「零戦墓地」としても著名。(不本意ながら心霊スポットとしても…

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真田山陸軍墓地(大阪)

令和元年五月参拝 大阪城東南の丘「真田山」(宰相山)。大阪冬の陣では真田幸村(真田信繁)が出城を築いた古戦場跡。「三光神社」に隣接。 明治4…

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拓魂公苑(満洲開拓殉難者之碑)

令和元年8月撮影 聖蹟桜ヶ丘駅からバスで「記念館」まで。聖蹟記念館のある「桜ヶ丘公園」の手前に「満洲開拓殉難者」を祀る聖域がある。 満洲開拓…

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昭和塾堂と城山八幡宮

令和元年9月撮影 愛知県名古屋市千種区城山町城山八幡宮境内、昭和塾堂の場所はかつての末森城二の丸に位置する。 日没の直前でしたが、時間があっ…

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戦時下の蓄光タイル?(名古屋駅)

令和元年9月撮影 真偽不明ではあるがネット界隈で情報が散見していたので見に行ってみました。 JR名古屋駅中央本線7番線-8番線の階段。階段の…

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油壺周辺の戦跡散策・その3

令和元年8月31日~9月1日 油壺に泊まる機会がありましたので、チャンスとばかりに周辺を散策。 「その3」では油壺湾の南側に位置する諸磯湾方…

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