ロケット戦闘機「秋水」燃料庫2号基(軍都柏・その9)

柏飛行場の「教材置場」見学会に参加した際に、「柏歴史クラブ」さんが展示していた燃料庫の写真に、「おっ!」と思い、話を聞いてみると、昨年に整備されて公開になった、と。
以前に訪れたときは、まだ地中だったんですよね。これは行かねば、ということで、柏の葉キャンパス近くの「こんぶくろ池自然博物公園」に足を運んでみました。

前回訪問時の上記記事では、まだ地中の中で、埋設保存だった。


ロケット戦闘機「秋水」燃料庫2号基

再整備され、保存されている、ロケット戦闘機「秋水」燃料庫2号基。
おおお!
整備されている!

秋水と燃料庫

秋水
 「秋水」は、米国の B29 爆撃機に対抗するために、ドイツのロケット戦闘機をモデルに日本の陸海軍が共同で開発を進めた迎撃用有人ロケット戦闘機です。
 昭和13年(1938)、今日の柏の葉地域に首都東京の防空を目的として、陸軍柏飛行場が設置されました。太平洋戦争末期になると、飛行場は秋水の基地として指定され、昭和 20年(1945)から、陸軍による実戦配備のための実験や訓練が開始されました。一方、海軍は7月7日に横須賀で初の飛行試験を行いましたが失敗し、秋水は完成することなく終戦を迎えました。

秋水燃料庫
 柏市内に造られた秋水の燃料庫(推進剤貯蔵施設)には、2種類あります。
●既製品の下水道管であるヒューム管を用いたし字型半地下式【柏飛行場の東·柏の葉地域】
●大型のコンクリート製コの字型覆土式【ここからさらに約4km.東の花野井·大室地区】
 ここに残るヒューム管式の燃料庫2号は、内部に設けたコンクリート製の棚に高濃度過酸化水素「甲液」を入れた大きなガラス瓶を並べて保管したと伝えられます。
 平成22 年(2010)、柏歴史クラブの調査により柏の葉地域でいくつかの燃料庫が確認されました。こんぶくろ池自然博物公園内(一号近隣公園エリア)には、現在も2基の燃料庫が保存されています。

秋水燃料庫2号
 現存する2号の燃料庫本体の長さは約2.5mですが、当初は8本のヒューム管が連結され、全長20mあったと推測されます。この燃料庫には、20リットル瓶を64本貯蔵可能であり、その重量は約1.7トンとなります。飛行時間7分30秒で1.5トンの過酸化水素を使い果たす秋水にとっては、わずか1回分の貯蔵能力です。
 燃料庫2号の貯蔵室後方上部には、コンクリート製の円盤が残っています。この構造物はコンクリート管で燃料庫内部とつながり、上面には円筒形の壁が立ち上がっていた痕跡が確認されており、燃料庫内部での撒水及び燃料の流出・火災の発生に備えるためであったと考えられます。
 令和7年3月 柏市教育委員会

リング状遺構は消火用貯水槽の底部と推測。
この上部には、円筒状の消火用貯水槽があったと推測されている。
貯水槽とヒューム管は管でつながっておる、過酸化水素の流出や火災の場合に大量の水を流す仕組みであった。

ヒューム管の長さは約2メートルで、それを9~10個つないだ燃料保管庫であった。

燃料庫内部。
内部に設けたコンクリート製の棚に高濃度過酸化水素「甲液」を入れた大きなガラス瓶を並べて保管した。


陸軍柏飛行場と秋水

陸軍柏飛行場と秋水
 日中戦争(1937・昭和12年~)の開戦前夜から、帝都・東京の空を守る施設が東京周辺に建設され始めました。東京都心から30キロメートル圏にある柏でも、1938(昭和13)年11月頃、陸軍飛行場が完成しました。
 柏飛行場は第一線の飛行場でしたが、神奈川県の厚木飛行場とともに、有人ロケット戦闘機「秋水」の基地に予定されたことが特徴の一つです。秋水は、ドイツで開発されたロケット戦闘機をモデルに、B29迎撃用の新兵器として、陸海軍共同で開発されました。1944(昭和19)年夏から始まった開発は急ピッチで進み、年末には訓練用の軽滑空機「秋草」のパイロット訓練にこぎつけました。しかし、完成前に配線となり、柏飛行場にあった軽滑空機・重滑空機・実機の計4機とも、すべて燃やされてしまいました。
 秋水の燃料庫は柏市内の「飛行場隣接地」と、3~4キロメートル離れた「花野井・大室」に建設されました。まず飛行場東側の隣接地に、1944(昭和19)年末から建設。その地域が柏ゴルフ倶楽部(1961~2001年)となり、コンクリート製だったために、一部がコース小丘に埋められて破壊されず現在に至りました。
 図①内の赤丸が現在地で、2010年に柏歴史クラブが燃料庫5基を発見しました。公園内に保存されているのは、そのうち3基で、秋水の遺構は全国的に見ても少なく、大変貴重な戦争遺跡です。(ただし3号基は本体なし)


ロケット戦闘機「秋水」燃料庫1号基

秋水燃料庫(1号基)
 柏飛行場東側の隣接地に造られた秋水燃料庫は、航空写真②のようにエル字型をしていました。飛行場隣接地では飛行訓練のため急いで燃料庫を造る必要があり、1944(昭和19)年末から、既製のヒューム管(下水道管)を利用・加工して建設されました。ヒューム管の長さは約2メートルで、9~10個つないだ燃料保管場所が、エル字の長い部分にあたります(柴田一哉氏)。
 この1号基は、戦時中と少し位置が変わって埋まっていました。写真①の「リング状の遺構」は、もともとは「煙突状の遺構」の上にあり、両者はつながっていました。柏ゴルフ倶楽部を造成するときに、コースに設ける丘の高さを調整するため、「リング状の遺構」を移動させたと思われます。
 柏歴史クラブは2010年の調査で、5か所の燃料庫跡を発見しました。そのうち1~3号基は、こんぶくろ自然博物公園内にあったため、柏市で保存してくれることとなり、一旦埋め戻されました。4・5号基は開発地域内にあったため、残念ながら撤去されました。

上記の写真のみ2021年データを流用

こちらは埋設保存。


位置関係

地図・空中写真閲覧サービス
ファイル:USA-R1585-76
昭和23年(1948年)7月25日、米軍撮影の航空写真を一部加工。

右側の「秋水燃料庫」が該当する。

※撮影:2026年2月


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