無蓋掩体壕と柏飛行場の跡地散策(軍都柏・その6)

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軍都柏の戦跡散策、その6。
柏飛行場の名残を探しに。
この日は、柏の葉キャンパス駅で自転車を借りて、飛行場を中心に自転車散策を敢行しました。


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位置関係

国土地理院航空写真
地図・空中写真閲覧サービス
ファイル:USA-R516-No.2-39
昭和24年(1949年)1月7日、米軍撮影の航空写真を一部加工。

地図・空中写真閲覧サービス
ファイル:USA-R1585-76
昭和23年(1948年)7月25日、米軍撮影の航空写真を一部加工。


軍都「柏」

軍都柏とも軍郷柏とも称されることになった、千葉県柏市。
柏飛行場をはじめとし、多くの軍事施設が集まる地となっていた。

柏飛行場
昭和12年(1937)6月、近衛師団経理部は東葛飾郡田中村十余二に陸軍の新飛行場を建設する旨を決定。
昭和13年11月に「陸軍柏飛行場」(東部第105部隊)が完成。東京立川から「飛行第五戦隊」が移転してきたことにより、柏飛行場は、帝都防空の航空基地となり、軍都としての歩みもここからはじまった。

昭和20年4月には、ロケット推進戦闘機「秋水」開発のための陸軍の特殊部隊、陸軍航空審査部特兵隊が柏飛行場に進出。柏には、秋水の燃料貯蔵庫なども設けられた。

高射砲部隊
昭和12年10月、「飛行部隊」とは別に、帝都防空のもう一つの主役として「高射砲部隊」が千葉県市川市国府台に高射砲第二連隊が新設。
昭和13年11月に柏飛行場の完成とあわせて、柏(富勢)に「高射砲第二連隊」も移動。帝都防空の一翼を担うとともに、東葛地域の飛行場の防御も担当した。
昭和16年に東京に「高射砲第二連隊」主力が移動。その後、 高射砲第二連隊 の跡地には留守近衛第二師団の歩兵・工兵補充隊が駐留し、昭和20年に東京師管区第二補充隊(東部八三部隊)と同近衛工兵補充隊(東部一四部隊)となった。

その他
昭和12年11月、東京憲兵隊市川分隊柏分遣隊開設

昭和14年2月、第4航空教育隊(東部第102部隊)が開設。飛行機の整備に関する訓練や教育を担当した。
昭和14年4月、陸軍航空廠立川支廠柏分廠も開設され、飛行場に配備されていた飛行機や車両の整備・点検を行う補給機関を担った。
同じ 昭和14年4月には、陸軍柏病院が開設。
昭和20年6月には柏(鎌ヶ谷)に、陸軍藤ヶ谷飛行場が完成している。現在の海自下総航空基地となる。
また、昭和18年11月には、柏陸軍墓地忠霊塔も建設された。

ーーー

ファイル: USA-M29-58
昭和24年(1947年)2月8日、米軍撮影の航空写真を一部加工。

軍都柏の主要軍事施設を記載しておく。


無蓋掩体壕

「こんぶくろ池自然博物公園」の飛び地に無蓋掩体壕が保存されている。

陸軍柏飛行場 柏歴史クラブ
 日中戦争(1937・昭和12年~)の開戦前夜から、帝都・東京の空を守る施設が東京周辺に建設され始めました。東京都心から30キロメートル圏にある柏でも、陸軍による飛行場設置が1937年に決まり、翌年11月頃、完成しました。実戦部隊の飛行第5戦隊が移駐し、飛行機の点検・整備をする航空廠柏分廠も竣工し、柏飛行場は第一線の飛行場となりました。
 滑走路は当所は1本だけでしたが、何度も行われた拡張に伴い、最終的にはコンクリート舗装の1500メートルと未舗装の計2本となり、飛行場面積も約1.8倍となっています。南の地域には、本部・将校集会所・兵舎・弾薬庫などの建物があり、南西には格納庫や気象観測所も設けられました。1942(昭和17)年には、ダンプカーやパワー・シャベルを使用した、機械化による飛行場設営の実験も行われています。
 日本本土への空襲がひんぱんになった1944(昭和19)年夏頃から、飛行場内の戦闘機を爆撃から守るため、場外へ移す誘導路3本(西・北・東)と、その道沿いに掩体壕が造られました。図中の水色の線が誘導路で、赤・茶・緑の馬蹄形で描かれているのが掩体壕です。赤丸で囲んでいるのが、現在地の掩体壕です。

掩体壕 柏歴史クラブ
 掩体壕とは、戦闘機を隠し、爆撃・爆風から守る施設です。掩体壕には有蓋掩体壕と無蓋掩体壕があり、柏飛行場では無蓋掩体壕が造られ、79基あったといいう記録も残っています。コンクリート製で屋根がある有蓋掩体壕は、千葉県内では茂原市や館山市に残っていますが、土手で築かれただけの無蓋掩体壕は風化しやすく、あまり見られなくなりました。
 空襲がひんぱんになる1944(昭和19)年夏頃から誘導路や掩体壕が造られ、この近辺では、朝、飛行場から掩体壕まで戦闘機を運び出し、夕方に戻す兵隊たちの姿が見られたといいます。戦闘機は上空から見えにくいように、木の枝や緑のネットで覆われました。
 2009年の柏歴史クラブによる調査では、柏飛行場関連の掩体壕は、6か所残っていました。しかし、そのうち4基は開発地区にあり、こんぶくろ池自然博物公園内にあった2基が保存されました。現在地にある掩体壕は、土手が低くなっているものの、ほぼ完全な形で、土手の長さは巻尺で測った概数ですが、下図のようになっています。

おおおっっっ!無蓋掩体壕だ!!

始めて見ました。結構興奮。
とはいえ、無蓋掩体壕は、基本的に土塁のため、写真で伝えるのは難しい。。。

パノラマで撮影してみた。クリックで拡大。

実は、冬場にも撮影してみた。以下は、令和元年(2019)12月 の撮影。

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: IMGP0992-1024x678.jpg

動画も撮ってみた。

場所

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柏飛行場滑走路跡

「柏の葉公園通り」 が 滑走路というわけではなく、「柏の葉公園通り」の東側に滑走路があった。
現在の東大柏の葉キャンパス東側、国立がん研究センター東病院や、財務省税関研修所、 科学警察研究所などが滑走路跡と考えるとわかりやすい。
柏飛行場の看板は、柏の葉通りの北端交差点近くにある。

柏飛行場跡地
 第一次世界大戦は、航空機などの兵器の急激な発達をもたらしました。高性能な飛行機の開発の一方で、航空機による攻撃に対処するための施設の整備が必要となりました。
 柏飛行場は、成増・調布(東京)などとともに航空力強化と首都東京を守ることを目的として日本陸軍が設置しました。飛行場に選ばれた東葛郡田中村十余二は、東京の周辺部で畑地が大半を占める、平坦な土地を広く活用できる場所でした。昭和12年6月、近衛師団経理部が新飛行場を建設する旨を決定し、昭和13年11月に完成しました。同月、東京の立川から実戦部隊である飛行第5戦隊(東部105聯隊)が移転し、柏飛行場は首都東京防空の第一線の航空基地となりました。以後、いくつかの飛行戦隊の変遷があり、柏飛行場を基地としてB29をはじめとする米軍機の迎撃にあたりました。
 飛行場は北側が滑走路で、南側に本部・将校集会所・被服庫・兵舎・弾薬庫などの建物がありました。また、格納庫5つと、気象観測用の柏観測所も設けられました。
 終戦後もアメリカ軍の日本における最大の通信所として使用されていましたが、昭和54年に日本に全面返還されました。都市公園、学校、国の研究所などが立地する大規模なまちづくりが進められ、つくばエキスプレス開通に伴う区画整理の中で、掩体壕や秋水の燃料庫など新たな発見もありました。
参考文献:歴史アルバムかしわ-明治から昭和-、柏市史近代編、歴史ガイドかしわ
 令和3年3月31日 柏市教育委員会

柏の葉公園通り


柏通信所跡

柏飛行場は、戦後、米空軍に接収され、柏通信所として利用されてきた。

そんな米軍基地返還後の再開発記念の碑が、柏の葉公園の入口近くに建立されていた。

柏通信所跡地土地区画整理事業
完成記念
千葉県知事 沼田 武

事業の完成にあたって
 この「柏の葉」地区は、明治2年、千葉県で12番目に開拓されたことから、その地名を「十余二」といわれてきました。第二次世界大戦中は、旧日本陸軍の基地として使用され、また、終戦後、一旦農地として払い下げられたのち、再び米軍が接収し「米空軍柏通信所」として使用してきました。
 その後、県民の基地返還に対する熱意が伝わり、昭和54年8月14日全面変換されました。
 この土地区画整理事業は、千葉県が地域の身近な緑を生かし、市民がさわやかに憩う、文化の香り高い街づくりを目指して、昭和59年に着手し、7年余と事業費76億円を要し、このたび完成いたしました。
 この事業に携わった関係権利者、土地区画整理審議会、米空軍柏通信所跡地利用促進協議会及び関係機関の皆様の御協力に深く感謝致します。
 ここに事業の完成を祈念し、碑を建てました。
  平成2年11月吉日 
   千葉県知事 沼田 武

県立柏の葉公園

場所

そのほか、柏飛行場関連の戦跡散策は別記事にて

※撮影:2021年7月


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