本記事は、日本戦跡協会様との共同探索となります。
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2022年1月某日。偶然の産物からの日本戦跡協会様との共同探索を実施。
鎌ヶ谷の下総航空基地近くにやってきました。
目次
藤ヶ谷陸軍飛行場
(海自下総航空基地)
藤ヶ谷の地名は、現在の柏市藤ケ谷。敷地としては、北の柏市と南の鎌ケ谷市にまたがっている。
もともと当地は、東洋一の規模を誇っていたゴルフ場であった「武蔵カンツリー倶楽部」の「藤ヶ谷コース」であった。ゴルフ場としては、昭和4年(1929年)に開発された。
「武蔵カンツリー倶楽部」 は、隣接する「六実リンクス18ホール」に「鎌ヶ谷コース18ホール」を有し、日本初の36ホールのゴルフ場であった。
「武蔵カンツリー倶楽部」は、昭和19年(1944年)に本土防空のための飛行場化のために、帝国陸軍に土地が接収され陸軍用地となったたことでゴルフ場は閉鎖され解散。
昭和20年4月、「藤ヶ谷陸軍飛行場」が完成。6月に飛行第53戦隊が、松戸陸軍飛行場から移動。
昭和20年8月、終戦により、アメリカ陸軍航空軍の白井基地としてGHQに接収。
その後、海上自衛隊と米軍による日米共同飛行場時代を経て、現在は「海上自衛隊下総航空基地」となっている。
位置関係
国土地理院航空写真
地図・空中写真閲覧サービス
ファイル:USA-M676-153
昭和22年(1947年)11月28日、米軍撮影の航空写真を一部加工。
黄色枠が今回の探索対象。
下総航空基地は戦後に滑走路が延伸されている。
そのため、滑走路の位置から確認をしようとすると位置関係を見誤るため、台地の森から位置関係を把握。
きっちり、L字型の構造物が確認できる。
というか、この周辺、柏と同じように、燃料庫が集中している感じ。
航空写真で見比べただけでも、この「L字型」の構造物には、かなりの既視感がある。
あぁ、これは柏の秋水燃料庫と同じ「L字型」だと。
藤ヶ谷陸軍飛行場の地下格納庫跡の散策
現地にて改めて、鎌ヶ谷の構造物を目の前にする。
見えてきた構造物に、「あぁ、柏の秋水だ」「これは同じだ」と、日本戦跡協会様と即座に意見の一致をみる。
これはすごく既視感があります。
藤ヶ谷陸軍飛行場で秋水が配備されていたかどうかは未知ですが、柏陸軍飛行場ともそんなに遠いわけでもなく。鉄道演習線を通じたら、むしろ近い位置関係。同じようなものがあっても、おかしくなさそう。
表現は人によってまちまち。
地下格納庫・地下燃料庫・地下燃料格納庫・地下燃料貯蔵庫・地下貯蔵庫…まあ、言わんとする方向性は大体一緒。
地下格納庫のある森の外周を歩いてみる。
今回は、森の中を総じての探索は出来ませんでしたが、もしかしたら、何か他にもあるかもという予感もあり。
森の西側には、入り口が開放されておりました。
市有地、だそうです。
キャンプ場としても活用されているっぽいです。
そのまま西から東に歩みを進めていきますと、開口部がありました。
最初に道路側から見たコンクリート構造物の反対側、です。
内部。
奥は右側に曲がっています。「L字型」。
構造物上部から。この先、右に伸びている。
右に折れた先は、道路側からみた部分となる。思ったよりも高台。
分かりにくいが、この部分がちょうど「L字型」に折れている箇所。奥が道路側。
振り返ると、コンクリート構造物が伸びているのが分かる。
隙間があった。造られてから77年の歳月を経ていれば、ちょっとしたズレも生じる。
この周辺、まだ何かあるかもしれないし、もう他にはないかもしれないけれども、じっくり調査をする価値はありそう。
場所
道路から見える場所
キャンプ場側の入口はこっち
今回の散策は、日本戦跡協会様の御協力がありましたこと、改めて御礼申し上げます。
ありがとうございました。
※撮影:2022年1月