陸軍士官学校周辺の戦跡散策。
その1は、富士山公園の「陸軍士官学校遙拝所方位盤」でした。
ここでは、「座間公園」界隈の散策を実施。
目次
座間公園
キャンプ座間の西側に南北に細長く広がる公園が座間公園。公園の途中には座間神社も鎮座している。
入り口は4箇所。
今回のポイントは、「北口」「中央口(南側)」となる。
北から順番に。
座間公園北口
陸軍士官学校境界石(境界杭)
座間公園北口からの公園入口と民家との境界線上に、2つの標石があった。
文字が刻まれている側は民家塀側となるために不明。
「ひとつめ」
「ふたつめ」
座間神社
日本武尊を祀る古社。創建伝説には、飯綱権現の化身が悪疫の際に湧水を使用するようにお告げしたというように、座間は水と縁が深い。
座間神社の裏側は、キャンプ座間の米軍基地。野球場が広がる。
座間神社の北裏
陸軍士官学校境界石(境界杭)
座間神社の裏側、北側の座間公園側に、それっぽい標石があった。だいぶ埋まってますね。。。
軍馬功労碑
陸軍士官学校で飼育されていた数百頭にも及ぶ軍馬の功労を讃える慰霊碑。
士官学校では、馬乗は士官の必須項目であったため、大量に馬を飼育していた。
旧陸軍士官学校軍馬功労碑
陸軍中将 山室宗武 書
昭和14年夏建立
山室宗武は、昭和13年6月から第35代校長と、予備役再招集後の昭和19年8月からの第39代校長を勤めている。
座間神社の南裏
陸軍士官学校境界石(境界杭)
軍馬功労碑の南側、物置小屋の柵ちかくに無造作に横たわっている石杭。。。
あっ、これは陸軍境界標石ですね。
陸
座間公園南側
陸軍境界支柱
公園内に無造作にたつ1本の石柱。どうも当時のものっぽい。
座間公園南側
陸軍士官学校境界石(境界杭)
公園と民家の境界に今も立っている石杭。
陸
ちなみにこは、当時のものではなく、最近の境界石。
防衛施設庁
場所
相武台1丁目緑地
陸軍士官学校境界石(境界杭)
ちょっと(だいぶ)場所を移動しまして。相武台前駅の北側、相武台病院の裏にある公園に。
ここに、ふたつの石杭が残されていた。おそらく移設だとは思うけれども。
陸士
「陸士」とは、陸軍士官学校のこと。
ちょっとおしゃれなピンク色。子供が色を塗ったのかもしれないですね。。。
9
裏面には「9」とありました。
陸
もうひとつは、「陸」の一文字。
場所
※撮影:2021年12月
次は、陸軍士官学校を支えた水源地の散策。