日光で、何するというわけでもないけど、時間があったので、せっかくなので御用邸に赴いてみた。
目次
日光田母沢御用邸
日光田母沢御用邸記念公園∥公式ホームページへようこそ。最新の情報や催し、邸内・庭園の風景、オリジナル商品などをご案内。明治32年に当時の皇太子であった大正天皇の夏のご静養のために造営された旧御用邸を、栃木県が復原・整備した公園
元は皇太子時代の大正天皇の静養所として造営された旧御用邸の建物と庭園を公園として整備し一般公開されている。
明治期以降に数多く造られた御用邸建築のうち、全体がほぼ完存する唯一の例として貴重であり、建造物群は国の重要文化財に指定されている。
御用邸の創設は明治32年(1899年)で、病弱であった皇太子嘉仁親王(後の大正天皇)の夏の静養所として設けられたもの。
大正天皇即位後にも多くの部屋が増築され、東京赤坂東宮御所の江戸期の移築建築もあり、明治・大正の各時代の用途の異なる建築が混在している。
日光田母沢御用邸の防空壕
1944年(昭和19年)7月、東京への大空襲に備え、日光田母沢御用邸が、当時皇太子(学習院初等科5年生)であった第125代天皇明仁の疎開先となった。その時に、防空壕も設営されたものと思われれる。






内部の写真。

水没しているようだ。

防空壕の上部。

この下に防空壕がある。

もうひとつの入り口。
防空壕の入り口は2つあった。



日光田母沢御用邸見学
正門。



入り口。御用邸の車寄せ。







御玉突所


謁見所




御学問所の丸窓

中央の建物は御食堂

2階へ

後日拝所


剣璽の間


御寝室


3階の御展望室は期間限定公開。



御座所





御食堂


御湯殿


庭園から

3階建屋。


なんかのんびりできました、たまにはこういう文化的なものも良いですね。
場所
★★★★☆ · 史跡
※2023年9月撮影