羽田の平和大鳥居(旧穴守稲荷神社大鳥居)

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羽田空港の伝説として、よく語れるのが「羽田の大鳥居」。
羽田の平和大鳥居から、赤レンガ堤防を経由して、六郷水門まで多摩川沿いを散策してみました。

平和大鳥居(旧穴守稲荷神社大鳥居)

昭和4年(1929年)10月建立。
昭和6年(1931年)に民間飛行場として羽田飛行場(東京飛行場)が開業。
昭和20年(1945年)8月15日の終戦後、羽田飛行場を接収したGHQによって穴守稲荷神社は強制遷座を余儀なくされた。
残された穴守稲荷の社殿等はGHQによって破壊。羽田飛行場の駐車場近くに残された大鳥居も撤去対象となるが、作業員が怪我をしたり、責任者が病死したりという怪奇現象により撤去叶わずにそのまま残されることになった。

 この大鳥居は、穴守稲荷神社がまだ羽田穴守町にあった昭和初期に、その参道に寄付により建立されたと伝えられています。
 その後、終戦とともに進駐した米軍により、羽田穴守町、羽田鈴木町、羽田江戸見町の地域一帯に居住していた人々は強制退去され、建物は全て取り壊されました。
 しかしながら、この大鳥居だけは取り壊しを免れて羽田の地に残され、往時を物語る唯一の建造物となりました。
 米軍から、施設が日本に返還された昭和27年7月、東京国際空港として再出発した後も、この大鳥居は旅客ターミナルビル前面の駐車場の一隅に残され、羽田空港の大鳥居として航空旅客や空港に働く人々に親しまれました。また、歳月を重ね風雪に耐えた大鳥居は、進駐軍に強制退去された元住民の方々の「心のふるさと」として往時を偲ぶ象徴なりました。
 昭和59年に着手された東京国際空港沖合展開事業により、滑走路や旅客ターミナルビル等の空港施設が沖合地区に移設され、大鳥居も新B滑走路の整備の障害となることから、撤去を余儀なくされることとなりました。
 しかしながら、元住民だった多くの方々から大鳥居を残してほしいとの声が日増しに強まり、平成11年2月、国と空港関係企業の協力の下で、この地に移設されたものです。
 ここに関係各位に謝意を表するとともに、この大鳥居が地域と空港の共生のシンボルとして末永く親しまれることを念願する次第です。

羽田空港に残された穴守稲荷神社のかつての大鳥居。
現在は穴守稲荷神社の管理ではなく、国土交通省管理となっている。
扁額もかつては「穴守神社」であったが、現在は「平和」と掲げられている。

場所

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五十間鼻無縁仏堂

海老取川の対岸に五十間鼻という場所がある。そこに無縁仏が祀られている。
多摩川の下流となり、多くの水難者がこの地に流れ着いたという。

なかでも東京大空襲の犠牲者の多くもこの地に漂着している。
目と鼻の先の羽田飛行場は米軍に接収され、対岸には、犠牲者の無縁仏堂が祀られていた。

合掌

五十間鼻無縁仏堂の由来
創建年代は、不明でありますが、多摩川、又、関東大震災、先の第二次世界大戦の、昭和二十年三月十日の東京大空襲の折には、かなりの数の水難者が漂着致しました。
その方々を、お祀りしていると言われております。
元は、多摩川河口寄りの川の中に、角塔婆が一本立っているだけで有りましたが 初代 漁業組合長 故 伊東久義氏が管理し毎年お盆には、盆棚を作り、有縁無縁の御霊供養を
していました。昭和五十三年護岸工事に伴い、現在地に移転しました。
その後荒廃著しく、仲七町会 小峰守之氏 故 伊東米次郎氏 大東町会 故 伊東秀雄氏 が、私財を持ち寄り復興致しました。
又、平成十六年に、村石工業、北浦工業、羽田葬祭スミヤ、中山美装、中山機設、の協力により新たに、ブロック塀、角塔婆、桟橋、などを修理、増設、現在に至ります。
又、新年の水難祈願として、初日の出と共に、羽田本町 日蓮宗 長照寺 住職 並びに信者の方々が、水難者への供養を、毎年行っています。
  合掌
  堂守謹書

海老取川の両岸に。
左に平和大鳥居、右に五十間鼻無縁仏堂。

場所

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穴守稲荷神社

遷座した穴守稲荷神社。2014年4月撮影の写真を掲載しておきます。
2020年に改修工事が行われたために、この姿を見ることはもうできない。。。

当時は、神社参拝と御朱印を目的としておりました。。。

場所

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※穴守稲荷神社の写真のみ2014年


ねずみ島

多摩川の河口にあるちいさな島。かつて梨の果樹園であった場所が、多摩川の河川改修工事で川幅を広げた際に、取り残され島になった、と。

場所

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