戦災電柱

平成29年11月撮影 台東区三筋町

台東区三筋の住宅地のなかに残る戦跡。

昭和20年3月10日、東京大空襲のさなかで辛うじて焼け残った電柱。

場所→台東区三筋1ー13ー12
https://goo.gl/maps/h4N11AgjgHu …

第二次世界大戦下の1945(昭和20)年3月10日、米軍機B29による東京大空襲で、10万人以上の貴重な人命が失われ、三筋町も一面に火の海となりました。辛うじて焼け残ったこの電柱には当時の惨状が刻みこまれています。私達はこの悲惨な歴史の生き証人としての電柱を保存することにより、あのような悲劇をひき起こした戦争を二度とくり返さないことを神に誓い、恒久の世界平和を宣言するものであります。
 Mar 101988 焼け残った電柱を保存する会

台東区三筋町の住宅地のなかに残る戦跡。
昭和20年3月10日、東京大空襲のさなかで辛うじて焼け残った電柱。
交差点の向こうにみえる赤い鳥居は「梅森稲荷神社」


黒焦げの電柱(複製)

現地に保存されている電柱の複製が、江戸東京博物館に保存されている。

 台東区三筋1-13の交差点角に立っていた電柱で、1945年(昭和20)3月10日の東京大空襲で被災したものである。高さは本来7mほどあったが、焼けて半分ほどになってしまった上に、黒く炭化してしまった。
 戦後は街路灯として使用されていたが、付近の交通が頻繁になり、撤去することになった。しかし空襲の記憶を語り継ぐ資料として現地保存されていた。
 1995年(平成7)、当館に収蔵された。


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