軍艦多摩慰霊碑

平成26年10月25日撮影

平成30年12月撮影

2014年10月 大國魂神社境内に建立された軍艦多摩慰霊碑。 碑が建立された慰霊祭の翌日に見に行ってきました。

境内参道脇におおきな石碑がある。 忠魂永存。 昭和33年4月12日。 徳富蘇峰撰。門人静峯塩崎彦書。 その傍に昨日10月25日。新しい碑が建立されました。

大日本帝国海軍 
軍艦多摩戦歿者慰霊碑

玉の緒の
 あらんかぎりは
  大神の
御恵うけて
 國や守らん
海軍少佐松川彦太郎
大正十三年一月二十七日献歌

大国魂神社境内に 平成二十六年十月二十五日建立

碑裏文

軍艦多摩
 球磨型二等巡洋艦 基準排水量五一〇〇頓 全長一六二・一五米 全幅一四・一七米 出力九〇〇〇〇馬力 速力三六節
 艦内には守護神として大國魂神社が祀られていた。  
 昭和十九年十月十八日、捷一号作戦が発動され、多摩は第一機動部隊の一艦として出撃した。 二十五日、フィリピンエンガノ岬沖に於いて敵機動部隊と交戦し機関室に被雷、呉へ単艦回航中、米潜水艦ジャラオの雷撃により沈没した。 山本岩多艦長以下総員戦死。 北緯二一度二三分、東経一二七度一九分、時間午後十一時十分。
 本年、軍艦多摩沈没七十年にあたり、軍艦多摩と戦死された英霊を鎮め、世界の恒久平和を祈念しこの碑を建立する。

艦歴
大正 七年八月 三菱長崎造船所に於いて起工
大正 十年一月 竣工 呉鎮守府籍に編入
大正十一年五月 軍艦多摩鎮祭の為慰霊祭を奉仕
大正十三年一月 松川彦太郎少佐 御神璽拝受の為来社参拝
昭和 二年十月 横須賀鎮守府籍に移籍
昭和十六年七月 聯合艦隊に編入
昭和十七年五月 アリューシャン攻略作戦支援
昭和十七年十月 第二次アリューシャン攻略作戦従事
昭和十八年三月 アッツ島輸送船団護衛従事
昭和十八年三月 アッツ島沖海戦参加
昭和十八年七月 キスカ島撤収護衛従事
昭和十九年六月 硫黄島へ陸軍部隊輸送
昭和十九年十月二十五日  
 捷一号作戦フィリピンエンガノ岬沖海戦参加
 米潜水艦ジャラオによる被雷三本 海没
昭和十九年十二月二十日 除籍

平成二十六年十月二十五日  
 大國魂神社 宮司 猿渡昌盛  
 軍艦多摩顕彰会  
 大國魂神社氏子青年崇敬会  
 
 題字 吉野大巨  
 詠歌書 荒井紫峰  
 石工 室井石材

在りし日の姿を偲ぶ。

軽巡洋艦多摩。

70年目にして。

沈没の日(10月25日)に合わせて建立された慰霊碑。

艦内神社として勧請されていた大国魂神社の神霊でもって慰霊をする。