平沼駅跡(京浜急行電鉄・横浜)

京急の横浜駅と戸部駅のあいだにかつて、平沼駅という駅があった。駅としての実働は実に12年半であった。

そして、横浜大空襲で残存施設は壊滅・・・。

平沼駅跡

昭和6年(1931)12月26日に、京浜電気鉄道(現在の京浜電気鉄道・京急)の「平沼駅」として開業。昭和17年に合併により東京急行電鉄(大東急)の駅となる。
昭和18年(1943)6月30日、営業休止。昭和19年11月20日に廃止。
昭和20年5月29日の横浜大空襲により被災。駅残存施設が壊滅的な被害を受ける。

今も残る駅ホームに通じる階段。
そして横浜大空襲の被害を感じさせる黒ずんだ煤の気配を残すコンクリート。

半円状のアーチ。

平沼商店街
かつて、平沼駅の入口はこのあたりにあったという。

この高架の上にホームが残る。

当時の造形物、タイルがわずかに残されていた。

ホームへ通じる階段

訪れた時は、剥離剥落対策工事が施されている最中であった。

最近、架道橋は新しくなったようだ。

車窓から

京急の車窓から「平沼駅跡」の様子を観察。
電車ではあっという間に通り過ぎてしまう。


位置関係

国土地理院航空写真
ファイル:897-C8-108
昭和19年(1944)10月14日、日本陸軍撮影

横浜大空襲前の航空写真

上記を一部加工

現在の様子
google航空写真


余談だが、近くには二代目横浜駅の遺構があった。

二代目横浜駅

二代目横浜駅
二代目横浜駅は大正四年八月十五日に開業され、大正十二年九月一日関東大震災のため焼失した。
わずか八年という短命で、半ば「幻の駅」といわれている。この以降は駅舎の基礎部分にあたる。
また、横浜共同電燈会社裏高島発電所の第二海水引入口の遺構もあり、二つの歴史上貴重な遺構が重なった珍しい遺構である。

横浜市認定歴史的建造物
二代目横浜駅基礎等遺構
第二代横浜駅舎基礎遺構および横浜共同電燈会社高島発電所遺構
建築年 駅舎:1914(大正3)年 発電所:1907(明治40)年ころ
設計者 駅舎:鉄道院 発電所:横浜共同電燈会社
2006 横浜市

ガラスの下が、「横浜共同電燈会社裏高島発電所の第二海水引入口の遺構」というが、ガラスが曇っていて、よくわからない・・・


横浜駅から平沼駅跡に赴く途中に2つほど橋を渡る。それらの橋も歴史的な価値あるもの。そして横浜大空襲をくぐり抜けた橋でもあった。

万里橋

養和4年2月竣工

浅山橋

昭和3年2月竣工


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