「三島野戦重砲兵聯隊」三島の戦跡散策・その1
静岡県三島市。町おこしで軍隊の誘致を実施し、陸軍の街となった「軍都・三島」。現在も、往時を物語るものが残っていると聞き、散策してみました。...
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静岡県三島市。町おこしで軍隊の誘致を実施し、陸軍の街となった「軍都・三島」。現在も、往時を物語るものが残っていると聞き、散策してみました。...
昨年に続けて、2023年8月も「河口湖自動車博物館・飛行舘」でに行ってきました。昨年の記事は以下にて。 正式名称は「河口...
埼玉県の大宮駐屯地。埼玉県さいたま市北区日進町。かつては、陸軍の光学レンズ工場などがあった場所。現在は「陸上自衛隊化学学校」や「第32普通...
北宇都宮駐屯地の一般公開。雀宮駅から北側に「北宇都宮駐屯地」があって、南側には「宇都宮駐屯地」がある。北宇都宮駐屯地は、飛行場があるので、...
兵庫県西宮市の東部。武庫川や鳴尾地区には、戦前、川西飛行機の工場と海軍の飛行場があった。往時を偲ぶものは少ないが、そんな西宮市の東部を散策...
群馬県と栃木県の県境。群馬県邑楽郡邑楽町秋妻は、のどかな水田が広がる農村地帯。戦時中、この地にB29が墜落し、そして地域住民は搭乗員...
2022年8月、「河口湖自動車博物館・飛行館」に赴きました。毎年8月の1ヶ月間のみ公開される博物館。前々から気にはなっていましたが、ようや...
山梨県の富士吉田にも、軍需工場があった。工場の跡地に、空襲の犠牲者の慰霊碑があるというので、足を運んでみた。 武蔵航...
東京都東久留米市前沢のあたりに、陸軍の通信施設があった。前沢南公園には、防火水槽跡が残っている。散策してみましょう。 前沢南公園の中...
戦後日本の航空産業は、時(とき)を止めていた。そして終戦から7年後に、国産機の復活の口火を切ったのが「新立川飛行機」であった。本記事は、2...
桶川にあった陸軍桶川飛行学校の跡地散策。本記事は、「その3」です。 「その1」から順を追って見ていただければ、幸いです。 ...
戦後日本の航空産業は、時(とき)を止めていた。そして終戦から7年後に、国産機の復活の口火を切ったのが「新立川飛行機」であった。 ...
戦前日本の航空機メーカーのトップスリーは、中島・三菱・川崎。この大手三社に続く四番手が「立川飛行機」。戦後、航空機産業の道は閉ざされ、航空...
昭島市。昭和3年(1928年)に発足した昭和村を前身とする。立川陸軍飛行場の隣ということもあり、航空機関連の軍需工場が昭和村にも進出。そん...
以前、高座海軍工廠跡地散策を行ったときに、芹沢公園にも脚を運んだのが2017年12月だった。その後に、様相が若干かわったとの噂を聞いたので...
立飛ホールディングスの前身、立川飛行機が制作した飛行機が、里帰りし、一般公開された。その様子を写真中心に以下に掲載。写真多めですが、それだ...
神田駅西口から「煉瓦造りの高架橋」を散策してみました。 JR神田駅 大正8年(1919)、中央本線の万世橋駅ー東京駅間...
小田原市沼代。その山中の道路の傍らに、この地で戦死された搭乗員の慰霊碑があった。 上原重雄 鹿児島出身。陸士第...