3月10日・東京大空襲(あの日から77年)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

令和4年(2022年)3月10日。

あの日から77年。

昭和20年(1945)3月10日午前0時過ぎ、爆撃が開始。

犠牲者10万人を超す規模であり、単独の空襲としては世界史上最大の犠牲者となっている。
世にいう、東京大空襲(下町大空襲)であった。

「東京都平和の日」

慰霊鎮魂を。

3月10日に手を合わせてきました。


スポンサーリンク

東京都慰霊堂

都内戦災遭難者 関東大震災遭難者
春季慰霊大法要

東京都慰霊堂では、毎年、関東大震災の9月1日と東京大空襲の3月10日に、遭難者慰霊大法要が執り行なわれている。

震災記念堂 東京都慰霊堂 由来記
 顧れば大正十二年九月一日突如として関東に起こった震災は、東京市の大半を焦土と化し、五万八千の市民が業火のぎせいとなった。このうち最も惨禍をきわめたのは陸軍被服廠跡で、当時横網町公園として工事中であった、与論は再びかかる惨禍なきことを祈念し慰霊記念堂を建立することとなり官民協力広く浄財を募り伊東忠太氏等の設計監督のもとに昭和五年九月この堂を竣成し東京震災記念事業協会より東京市に一切を寄付された。
 堂は新時代の構想を加味した純日本風建築の慰霊納骨堂であると共に、広く非常時に対応する警告記念として、亦公共慰霊の道場として設計された三重塔は百三十五尺基部は納骨堂として五万八千の霊を奉祀し約二百坪の講堂は祭式場に充て正面の祭壇には霊碑霊名簿等が祀られてある。
 爾来年々祭典法要を重ね永遠の平和を祈願し「備えよつねに」と相戒めたのであったが、はからずも昭和十九、二十年等にいたって東京は空前の空襲により連日爆撃焼夷の禍を受け数百万の家屋財宝は焼失し無慮十万をこえる人々はその難に殉じ大正震災に幾倍する惨状を再び見るに至った、戦禍の最も激じんをきわめたのは二十年三月十日であった、江東方面はもとより全都各地にわたって惨害をこうむり約七万七千人を失った、当時殉難者は公園その他百三十ヶ所に仮埋葬されたが昭和二十三年より逐次改葬火葬しこの堂の納骨堂を拡張して遺骨を奉安し、同二十六年春戦災者整葬事業を完了したので東京都慰霊堂と改め永く諸霊を奉安することになった。
 横網公園敷地は約六、〇〇〇坪、慰霊堂の建坪は三七七坪余、境内には東京復興記念館中華民国仏教団寄贈の弔霊鐘等があり、又災害時多くの人々を救った日本風林泉を記念した庭園及び大火の焔にも耐え甦生した公孫樹を称えた大並木が特に植えられてある。
 昭和二十六年九月 東京都

新型コロナの影響で規模が縮小。
法要の参列者は限定され、法要終了後に一般参列者が祭壇で追悼可能となりました。


東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑

「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」の中には、「東京空襲犠牲者名簿」が納められている。
大法要が行われる3月10日と9月1日に内部公開。

こちらも手を合わせてきました。

東京空襲犠牲者名簿

現在は、35巻まで納められており、令和2年(2020年)3月現在、81,273名のお名前が登載されている。

3月10日。
この日は、「陸軍記念日」だった。
1905年(明治38年)3月10日に、日露戦争の奉天会戦で大日本帝国陸軍が勝利し、奉天城に入城した日。
1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲は、この陸軍記念日を狙って実施されたという説もある。

ちなみに、同じく1945年(昭和20年)5月27日の「海軍記念日」(日本海海戦で海軍が勝利)には、呉大空襲があった。


リンク

公益財団法人 東京都慰霊協会 都立横綱町公園-震災、戦災の記憶-

総務省 一般戦災死没者の追悼

東京大空襲・戦災資料センター 東京大空襲とは

東京都生活文化局 東京都平和の日関連事業


関連

近代史跡・戦跡紀行~慰霊巡拝 ‐日本の近代と慰霊の地を巡りしサイト‐(戦跡紀行ネット)
令和3年(2021)3月10日で76年目。昭和20年(1945)3月10日午前0時過ぎ、爆撃が開始。犠牲者10万人を超す規模であり、単独の...
撮影:平成29年3月及び平成30年3月 昭和20年(1945)3月10日 「東京大空襲」 罹災者は100万人を超え、死者は7万から1...
以前から気になっていた場所。東京大空襲を知る上で、欠かせない場所です。  太平洋戦争末期の1945年...
上野には、2つの東京大空襲関連の慰霊碑がある。その2つともに、海老名 香葉子 氏(落語家初代林家三平の妻・作家)が携わっていた。 2...
墨田区の本所と呼ばれる地域は、かつては東京市本所区であった。江戸・東京の下町であり、江戸の東端、でもあった。大正12年(1923年)の関東...
令和元年5月撮影・門前仲町 富岡八幡宮 「こんなに焼けたか」東京大空襲の被害状況のご説明を富岡八幡宮境内にて聞き終えた 昭和天...
平成29年11月撮影 台東区三筋町 台東区三筋の住宅地のなかに残る戦跡。 昭和20年3月10日、東京大空襲のさなかで辛うじて...

スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加