水交会あれこれ

戦前の水交社。戦後の水交会。

水交社・水交会

明治9年に海軍省外郭団体として創設した「水交社」は戦後に海軍省と共に消滅したが、昭和27年(1952)に、財団法人「水交会」として復興。
水交会」は、帝国海軍戦没者及び海上自衛隊殉職隊員等の慰霊顕彰・海軍の良き伝統精神の継承・海上自衛隊に対する支援協力を目的としている。

由来は、「莊子」 (山木篇) の「君子之交淡若水 」から。
「君子之交淡若水」「小人之交甘若醴」に由来。
「君子の交わりは淡きこと水のごとし」「小人の交わりは甘きこと醴(れい:甘酒)のごとし」

公益財団法人「水交会」

水交会ロゴマーク カラー

水交社 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E4%BA%A4%E7%A4%BE

水交会 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E4%BA%A4%E4%BC%9A

水交会ロゴマーク&波(名刺用) カラー

東郷神社のとなり、東郷記念館に水交会本部がありました。

東郷記念館が改修工事中の為、水交会の事務所は、原宿ピーターハウスに移転。

横須賀水交会
毎年5月27日 海軍記念日の日。
横須賀「海軍の碑」にて。
横須賀水交会にて「海軍の碑記念行事」が行われている。

水交社本部跡

終戦とともに当時の水交社は解散し「水交社本部」はフリーメイソンによって占拠される。
昭和56年に跡地に「東京メソニックビル」が建設され、一室には水交社時代の応接室が再現されているという…

かつて水交会本部のあった地
現在の「東京メソニックビル」

水交神社鳥居

東郷神社の庭園に移築保存されている。かつては水交会本部にあった。

水交神社鳥居の由来
この鳥居は、もと築地・海軍用地(現在の東京中央卸売市場)の水交社敷地内にあった水交神社の二代目の鳥居です。 水交神社は、日清戦争に際し、海軍の戦勝を祈願し全国から寄せられた神符・護符を奉安し、また同戦役以後の戦没社員の霊を合祀するため創建された神社で、その初代の鳥居は戦利品の魚雷で作った異形のものであったため、明治四十四年に神明鳥居に建替えられました。 水交神社とその鳥居は、関東大震災の災禍をまぬがれ、昭和三年に水交社が芝区栄町(現在の東京タワー北西隣)に移転した際、同地に遷座されました。その后社殿は昭和二十年三月の東京大空襲で焼失しましたが、この鳥居だけは毀損をまぬかれました。しかし戦後、東京水交社の建物と共に進駐軍に接収され、その後曲折を経て昭和五十六年、同地に新しくビルが建てられることになったので、鳥居は(財)水交会に返還され、同年六月十五日、由縁深い東郷神社へ奉納されたものであります。 この鳥居は、半世紀もの間、変転する日本海軍を見つめつづけ、二度の大災禍にも堪えてきたものであります。そして皇族方や海軍大臣以下多くの武官文官、また水交神社で結婚式を挙げた方など、この鳥居をくぐった人々は数えきれません。
  以上

水交社

明治四十四年十月建之


偕行社

海の水交会に対して、陸は偕行社。

偕行会は帝国陸軍将校及び陸上自衛隊のOB会として機能している。


水交会会員

水交会は帝国海軍及び海自関係者が大半ではあるが、一般有志の会員もいる。(私も一般有志会員です)

水交会会員です
横須賀水交会(横須賀支部)所属

旧海軍及び海上自衛隊関係者(それぞれの配偶者を含む)以外の方の入会申込みにあたっては会員1名の紹介を必要とします。

https://suikoukai-jp.com/suikoukai/admission-guide/procedure/