令和元年8月撮影(令和5年写真更新)
日比谷線銀座駅の地下通路に。
早川徳次(はやかわ のりつぐ)
明治14年(1881)10月15日~昭和17年(1942)11月29日
東京地下鉄道(のちの帝都高速度交通営団→東京地下鉄・東京メトロ)の創業者。
日本に地下鉄を紹介・導入したことから「日本の地下鉄の父」と称された。
山梨県出身。郷里の先輩に根津嘉一郎(東武鉄道・南海鉄道に関わった実業家、日本の鉄道王)がいる。
早川は根津の右腕として手腕を発揮し佐野鉄道(東武佐野線)や高野登山鉄道(南海高野線)の再建に成功。
大正9年(1920)8月29日に東京地下鉄道株式会社を設立。
大正14年(1925)9月27日に浅草ー上野間の地下鉄工事を開始。
昭和2年(1927)12月30日、浅草駅から上野駅まで開業。(現在の東京メトロ銀座線の同区間)
早川徳次の像は昭和16年の朝倉文夫作。
前年昭和15年の皇紀2600年記念式典において、早川徳次が緑綬褒章を賜ったことを記念し翌年の昭和16年に株主・社員一同によって設立された。
早川徳次はその翌年昭和17年に61歳で亡くなっている。
もともと早川徳次胸像は、昭和16年(1941年)に、新橋駅に建立されていたが、開通50周年に際して1977(昭和52)年に、銀座駅に転座している。
この旨は、金春安明様よりコメントを頂きまして、再確認をしました。
2025/07/13、投稿します。様々なページに、「東京メトロ銀座駅構内の早川徳次像」と紹介されてますが、「地下鉄開通50周年記念行事」までは早川徳次氏の会社と、渋谷駅から来た会場の接合点の「地下鉄銀座線の新橋駅」に有った像を銀座駅構内に移設したのです。地下鉄の博物館に説明が有りますし、能楽の金春安明の記憶にも新橋から銀座に移設という記憶あり。
2025年7月13日 11:18 PM
メトロアーカイブのサイトにも「早川徳次胸像」に関して下記の記載がありました。
早川徳次氏胸像の除幕式
地下鉄開通50周年記念行事のひとつとして、新橋駅構内に設置してあった「早川徳次氏の胸像」を銀座駅に移転し除幕式を行った時の様子。
その他の記念行事としては、記念乗車券の発売や、日本橋三越での地下鉄50年展などがあり、それぞれが大盛況であった
https://metroarchive.jp/pic_year/year1970/box09-082.html
早川徳次胸像
銀座駅に。
社長早川徳次像

以下は、駅改修工事中の写真(令和元年)


地下鉄の父
早川徳次像
(1881~1942)
朝倉文夫作
氏は明治14年山梨県に生まれ
帝都高速度交通営団の前身である
東京地下鉄株式会社を創立、幾多の困難を克服
昭和2年12月30日アジアで最初の地下鉄
浅草~上野間(2.2キロ)を開業させ
引き続きて銀座へ新橋へとレールを伸ばし、
今日に見る地下鉄時代の礎を築きました。

社長早川徳次像
夙ニ帝都ヲ立體的近代都市タラシムルノ計画ヲ樹テ 東京地下鐵道株式會社ヲ創立シ 未曾有ノ難事業ヲ完成セリ 洵ニ是レ我國交通史上ニ一新紀元を劃ヌルモノ 天下萬人之ニ依ツテ享クル利便頗ル大ナリ 其ノ功績畏クモ 天聴ニ達シ皇紀二千六百年記念式典ニ際シ緑綬褒章賜フ 茲ニ同志相謀リ壽像ヲ建立シテ永ク後世ニ傳フト爾云
昭和16年5月
重役株主社員一同



日比谷線・銀座駅

余談
早川徳次(はやかわのりつぐ)は、「東京地下鉄道」の創業者、地下鉄の父
早川徳次(はやかわとくじ) は、「シャープの創業者」
写真を追加(2023年1月)
駅改修完了後の写真

〆
コメント
2025/07/13、投稿します。様々なページに、「東京メトロ銀座駅構内の早川徳次像」と紹介されてますが、「地下鉄開通50周年記念行事」までは早川徳次氏の会社と、渋谷駅から来た会場の接合点の「地下鉄銀座線の新橋駅」に有った像を銀座駅構内に移設したのです。地下鉄の博物館に説明が有りますし、能楽の金春安明の記憶にも新橋から銀座に移設という記憶あり。
金春安明様、コメントありがとうございます。ご指摘の件、下記のサイト(メトロ文化財団・メトロアーカイブ/https://metroarchive.jp/pic_year/year1970/box09-082.html)にも記載がありました。踏まえまして、サイト記事にも補足をさせていただきます。ご指摘ありがとうございました。