九段会館(軍人会館)

九段会館、戦前の軍人会館。
東日本大震災の影響で2011年(平成23年)4月に廃業し、平成31年現在は解体中。2022年に帝冠様式の外壁を残した状態で高層ビルに生まれ変わる予定。

平成30年4月撮影~最後の桜

「軍人会館」(九段会館)

着工は昭和7年(1932)2月。竣工は昭和9年(1934)3月。
鉄骨鉄筋コンクリート構造・ 日本趣味建築「帝冠様式」

歴史的には昭和11年2月26日の二・二六事件に対する戒厳令発令に伴い、軍人会館に戒厳司令部が置かれたことが有名。

戦後はGHQに接収され「アーミーホール」、進駐軍撤退後の昭和32年(1957)に「九段会館」として再開業。

平成23年(2011)3月11日 、東日本大震災でホール天井が崩落し2人死亡。閉館。

「九段会館」思い出の写真

平成28年2月26日撮影

平成28年4月

平成28年6月

平成29年4月

平成30年3月25日
工事直前の撮影、軍人会館と桜の撮影。

「九段会館」解体工事のお知らせ
工期 平成30年5月7日~平成32年7月31日
九段会館屋上の「護國神社」
九段会館屋上の「護國神社」
工事の足音が。
「明治10年の忠魂碑」西南戦争の頃の忠魂碑。

九段会館屋上の護國神社(取壊済)

「九段会館」

戦前は「軍人会館」
もともと当地は「靖國神社」の境内地でもあり、万が一に「靖國神社 」に被害が生じた場合、即座に遷座が可能なように「仮殿」が設けられていた。

昭和9年(1934)年、帝冠建築とも呼称される独創的な建築によって軍人会館が竣工すると、靖国神社仮殿は「護国神社」として「軍人会館」の屋上に移された。
戦後は建物は「九段会館」と名称変えるも、かわらず屋上には「護國神社」が祀られていた。

平成31年4月。再開発事業により屋上は解体。
軍人会館以来の歴史を有していた護國神社も姿を消した。


九段会館の屋上に行く機会があったので、以下に当時の記録を記載しておく。
平成21年夏の記録。

以前に嫁が会社の人たちと「屋上ビアガーデン」にいってきたという。
そう聞かされたら羨ましくてしょうがない。
実は、私は「九段会館の屋上」にいったことがなく、靖国仮殿の噂のみをきいていた。
そうしたら猛烈に行きたくなった私の気持ちを汲んでくれたようで、今年も嫁が嫁会社関係の人たちとビアガーデンにいくという。
折角の機会なのでその席に便乗してみる。かなり感謝なのだ。そうして若干遅刻しつつ、ビアガーデン会場=九段会館屋上=軍人会館屋上に到着。

ビアガーデンもそこそこに、一目散に神社の写真を撮りに行く。ビールよりもそれが目的。
参拝をすませ写真をとったら、そうしたらあとはゆっくりとビールをたしなもう。
「英霊ありがとう」
靖国の英霊の御霊に感謝祈念しながら、しずかに喉を潤すひととき。
ひさしぶりにビールがおいしい夜であった。

<「神のやしろを想う」より>

平成21年7月撮影 社号標「護國神社」は昭和9年3月竣工時のもの。
平成21年7月撮影
平成21年7月撮影
平成21年7月撮影

「九段会館」解体直前の姿

平成30年4月1日撮影
遂に工事用の白い壁が・・・


平成30年7月28日撮影


平成30年8月15日撮影


平成30年9月2日撮影


平成31年3月29日撮影

このときに屋上の鳥居を確認したのが最後でした・・・

「九段会館」解体中の写真

平成31年4月14日撮影

令和元年8月4日撮影

昭和の建築物が、またひとつ消失していく瞬間。
これは「保存」といえるのだろうか・・・