名古屋熱田の戦跡散策

平成29年1月

・名古屋陸軍造兵廠跡
・熱田神宮被爆鳥居
・堀川被爆護岸堤防

平成29年1月29日昼過ぎ。熱田到着。
過去、熱田神宮には何度か参拝に来たことはあった。しかしかつては熱田神宮と境外社などしか訪れておらず、で。
熱田に戦争関連の史跡が残っているとは露知らず、でした。

JR熱田駅に東側に、「神宮東公園」という公園がある。
その一番北の方に、案内も特にないけどなにやら記念碑のようなものがあって、それが最初の目的地。

名古屋陸軍造兵廠跡

1904年(明37)東京砲兵工廠熱田兵器製造所として発足。
1923年(大12)名古屋工廠熱田兵器製造所。
1940年(昭15)名古屋陸軍造兵廠熱田製造所。

名古屋陸軍造兵廠シンボルマークは「名古屋城の金鯱」をイメージしたもの。

名古屋陸軍造兵廠跡・碑文

名古屋陸軍造兵廠は明治三十七年陸軍省がこの地に東京砲兵工廠分廠として創設以来昭和二十年八月の終戦まで国家の要請に応えて来た。 第二次大戦末期には本部の外、熱田・高蔵・千草・鳥居松・鷹来・楠・柳津等の製造所を有し、三万五千人が奉職して居た。 私達は多くの殉職者のご冥福と世界平和を祈ります。 碑は名古屋陸軍造兵廠のマークで名古屋城の金の鯱を象ったものである。
 昭和五十四年十一月三日
  名古屋陸軍造兵廠記念碑建立委員会

一大軍需工場であった熱田の地を偲ぶ記念碑。
いまは静かな公園の片隅に佇むこの記念碑に見向きをする人もすくなくはなってしまったが、私のような人がときより訪れるわけで。
往時を偲び、自然と手を合わせてしまう場所でもある・・・

名古屋陸軍造兵廠跡
現在はその敷地の大部分を「中京倉庫」が活用をしている。
倉庫敷地内にはおそらく往時からと思われるレンガ造りの建造物が点在しておりました。

中京倉庫敷地の一番北側。
道路に面してレンガ造りの建物が横たわっております。
これはなかなか見ごたえのある建造物ですね。

歩道橋から俯瞰してレンガ建物を見学することが出来ました。
これは圧巻。

名古屋陸軍造兵廠跡
中京倉庫の敷地内には、よく見るとほかにもレンガ建物が点在してますね。

名鉄とレンガが一緒に見れるポイントに、心がワクワクしてます。

熱田神宮

さて、続いては熱田神宮さんへ。
熱田神宮を境内境外含めじっくり参拝すると半日は余裕で消費してしまいますが、さすがに時間がないので今回はさくっと参ります。
名鉄神宮前駅の入り口から参進。
東門ですね。
・・・というか、熱田神宮宮廳の入り口ですね。

参拝。
すごい人出です・・・さすが熱田さんや。

熱田神宮さんの御朱印・・・いえ熱田神宮さんでは「御神印」と表現しております。
今回は熱田神宮さんの御神印だけを頂戴致しました。
(別宮や境内社・境外社、それぞれ参ればいろいろいただけます)

御神木 大楠
圧巻の存在感です。

熱田神宮 南の鳥居

さて本題。 熱田神宮に訪れたのは参拝したかったというのも勿論ですが、戦災の記憶がここにもあるわけで。

昭和20年6月9日。
米軍爆撃機B29が名古屋市熱田区を空襲。
熱田神宮南側の鳥居には、その時の爆弾の破片で受けた傷とされるものが残っておりました。 破片傷だけで済んでおり類焼を免れたのは奇跡的というしかなく。

さて、熱田神宮の次は、川岸に向かいます。
熱田神宮の川岸といえば、察しの良い方は「七里の渡し」(東海道熱田‐桑名の海路)を思い出すかもしれませんが、今回は七里の渡しのある堀川の対岸のちょっと北側になります。

めざす目標は愛知時計電機のすぐ隣の土手。

愛知時計電機

航空機製造メーカーとして著名であった「愛知航空機」は、まさにこの愛知時計電機から航空分門が分社した会社であり、親会社の「愛知時計電機」もまた戦前は軍需産業を担っていた。

平成29年1月撮影 愛知航空機永徳機体工場スリップ跡。 (稲永スリップ跡) 平成29年1月28日午後。名古屋駅から「あおなみ線...

さきほどの熱田神宮の鳥居でも触れた、昭和20年6月9日の熱田空襲の本命目標は、それこそ軍需工場であった「愛知時計電機」や「名古屋陸軍造兵廠」であった。
写真は 「愛知時計電機」 本社建屋(名古屋市まちなみデザイン貢献賞受賞)

熱田空襲 被爆堤防

堀川運河。
愛知時計電機のすぐ脇に保存されている戦跡。
そこには、 熱田空襲の爆撃を喰らった堤防が移築の上で保存されている。

被爆堤防の碑文

この護岸は、昭和八年に築造され、平成四年度から実施した「マイタウン・マイリバー整備事業」による新たな護岸の設置にあたり、撤去したものの一部である。
護岸表面にみられるくぼみは、昭和二十年六月九日のいわゆる「熱田空襲」の爆撃によりできたものである。
 平成八年三月 
  名古屋市

護岸表面にみられるくぼみ。写真では伝えにくいが、見た目以上に深くくぼんでおります。試しに10円玉を置いてみました。爆弾の破片の威力の大きさを感じることが出来ます。

往時を記録する堤防を前にして、空襲で犠牲になった方々のことを思い静かに手を合わせる。