都内最古の道路鉄橋「南高橋」(中央区)
昭和7年(1932)に架橋された「南高橋」。もともとは明治37年(1904)に架橋された「両国橋」中央部を移築改良したもの。(「旧両国橋」...
~近代史跡・戦争遺跡・慰霊巡拝~
昭和7年(1932)に架橋された「南高橋」。もともとは明治37年(1904)に架橋された「両国橋」中央部を移築改良したもの。(「旧両国橋」...
青梅市の山中にB29が墜落したのは、昭和20(1945)年4月2日未明のことであった。その墜落現場の山中に、B29搭乗員の慰霊碑が建立され...
上野には、2つの東京大空襲関連の慰霊碑がある。その2つともに、海老名 香葉子 氏(落語家初代林家三平の妻・作家)が携わっていた。 2...
令和3年(2021)3月10日で76年目。昭和20年(1945)3月10日午前0時過ぎ、爆撃が開始。犠牲者10万人を超す規模であり、単独の...
鎌倉橋 日本橋川に架かるコンクリート橋。関東大震災の復興橋の一つで、昭和4年(1929)4月25日の架橋、長さ30.1m、幅22.0...
以前から気になっていた場所。東京大空襲を知る上で、欠かせない場所です。 太平洋戦争末期の1945年...
渋沢栄一の暮所(渋沢家墓地)は、谷中霊園にある。地番は「乙11号1側」。 1858年(安政5年) 渋沢栄一(18歳)、尾高惇忠の妹・...
渋沢栄一は深川とも縁が深かった。渋沢栄一は、明治9年に深川福住町に屋敷を購入、明治21年に中央区兜町(渋沢が創建した第一国立銀行の近く)に...
渋沢栄一に関係する建物が、2棟、深谷市内の大寄公民館敷地に移築されている。平成11年に東京世田谷区にあった銀行保養施設「清和園」から深谷市...
深谷市の北部「血洗島」。「日本近代経済の父、日本資本主義の父」渋沢栄一の出身地を散策してみます。(散策ポイントが広域に点在しているのでレン...
明治政府は急速な近代化整備を行うにあたり良質な煉瓦を必要としており、大量生産可能な煉瓦工場を必要としていた。煉瓦需要を受けた渋沢栄一らによ...
渋沢栄一の出身地「深谷市」。その深谷駅前に渋沢栄一像がある。 渋沢栄一像 青淵澁澤榮一像 青淵広場 ...
兜町には、渋沢栄一が設立した「日本最初の銀行」、そして渋沢栄一が発起人を努めた「日本最初の証券」、そして隣の茅場町には同じく渋沢栄一が関係...
日本橋界隈の渋沢栄一関連を散策してみる。 常盤橋公園(常磐橋) 常盤橋公園は、江戸城の城門の一つ常盤橋門があったところ...
渋沢栄一銅像 板橋区登録有形文化財渋沢栄一銅像初代養育院院長として渋沢栄一は50年以上養育院に関与し、他の職を辞することはあ...
2024年度発行予定の1万円新紙幣の顔、そして2021年の大河ドラマの主人公でもある渋沢栄一の邸宅は飛鳥山にあった。 渋沢栄...
都内唯一の区営遊園地「あらかわ遊園」。「あらかわ遊園」のあった地は、明治から大正にかけて「煉瓦工場」があった場所でもあり。煉瓦工場から遊園...
大正12年(1923)の関東大震災ののち、帝都復興院総裁となった後藤新平が中心となって、地震発生時の防火帯設置を目的とした公園の確保が重要...