市ヶ谷周辺の陸軍境界標石散策

平成28年~29年撮影

市谷亀ヶ岡八幡宮

裏参道(左内坂)の方向に向かいましょう。

裏参道。
右手は駿台予備校。左手は市ヶ谷駐屯地。

市谷亀ヶ岡八幡宮の陸軍用地境界標石

今でも境界の仕事をしている標石がアジサイに隠されるようにありました。 本来、地中に埋まっているべき部位も見えるので移築保存かも。

市ヶ谷亀ヶ岡八幡宮の裏参道を往復していたら、更にもう一つ見つけました。 アジサイの裏側に。 二つ目。 良い状態です。

おっ、違う。
これは現在の境界石。 基本的に目的は同じ標石ですが。

引き続き裏参道にて。 三つ目。
これは左右の塀に対して、埋没しながら凄い状態で境界してます。

「陸軍用地」標記ではなく 「陸軍省所轄」境界石標石

市ヶ谷の亀ヶ岡八幡宮裏参道入口。
左内坂。
何度も参拝している身近な神社でも興味のアンテナの張り方次第で、まだまだ知らなかった発見がある。

長泰寺

市谷亀岡八幡宮の裏となりに鎮座している「長泰寺」

境内にある碑を見学。門を入って右手にありました。

祭馬碑

陸軍士官学校馬術教官部

陸軍士官学校 馬術教官部軍属之碑

陸軍少将安満欽一書

長泰寺の境内に、すぐ隣の市ヶ谷陸軍士官学校馬術教官部ゆかりの碑が2つ残っておりました。

陸士(陸軍士官学校)で犠牲になった軍馬や軍属の方々を祀った碑。
陸軍少将安満欽一は1920年(大9)に陸軍士官学校本科長に就任。

外濠公園

KR市ヶ谷駅からお堀に沿って伸びている細長い公園。

ここには「東京市外濠公園」旧名碑が残っております。
公園は1927年(昭2)に東京市によって整備。
「東京市」の響きにワクワクするのは歴史クラスタ

名前のとおりに外濠に沿って公園が整備されています。
 外濠
 JR線路
 土手
 外濠公園
 法政大学
 九段上(靖國など)
こんな感じの並び。
中央線と総武線を撮るには良い場所。
無駄に流し撮りの練習も出来ます(失敗するけど

陸軍軍医学校跡地(東京逓信病院)

外濠公園の近くにかつてあった陸軍施設。
1888年(明21)現在の「東京逓信病院」の地に「陸軍軍医学校」が開校。
1929年(昭4)に軍医学校は戸山(厚生労働省戸山研究庁舎界隈)へ移転。

現在の東京逓信病院は陸軍軍医学校移転後の昭和13年に、逓信省職員と家族を対象の職域病院として開業。1986年(昭61)に一般に解放。
この病院の隣道は地図を見れば分かるとおりに「北の方の某総連」のせいで非常に警備厳重。そんな中を緊張しながら歩いてみました。

現在の東京逓信病院

郵便マークの境界石がありました。
さすが逓信病院。

緊張します。
お巡りさんの視界の中で、しゃがみこんで写真を。
2つ見つけましたが写真は1種類だけ。
長々としゃがみこんでマジマジ見れる環境ではなく。

陸軍軍医学校 陸軍境界標石

現在の東京逓信病院と法政大学富士見坂校舎のある通り。
総連の向かい側、法政大学の入口脇近く。

このご時世でお巡りさんがたくさんいる場所。
法政大学の警備員さんもいらっしゃる場所。
とっても警備が厳重。

陸軍軍医学校の陸軍用地境界標石の見学。 緊張しました…