はじめに


近代史跡・戦跡紀行~慰霊巡拝 ‐日本の近代と慰霊の地を巡りしサイト‐
URL: https://senseki-kikou.net/



展示協力中!

高岡市立博物館様の常設展お宝コーナーに写真資料(円通寺の天野八郎顕彰碑・天野八郎墓)を提供しました。
お近くの方、ぜひ足を運んでみてください。(私は行けないので。。。)

「彰義隊(隊長渋沢成一郎)副長天野八郎獄中記『斃休録(へいきゅうろく)』」
・会 期:7月3日(土)~9月5日(日)
 『斃休録』とは慶応4年(1868)5月15日の上野戦争で敗れた彰義隊の副長(実質的リーダー)天野八郎(1831~68)が獄中で隊の顛末をまとめた手記。八郎のご子孫(匿名希望)が高岡市内に在住されておられるご縁で展示します。ちなみに隊長の渋沢成一郎(喜作/1838~1912)は栄一の従兄でNHK大河ドラマ「青天を衝け」でも大きく取り上げられています(八郎と意見が対立し、尾高惇忠、渋沢平九郎らと共に隊を離脱し「振武軍」を結成、成一郎は函館まで転戦しました)
 本展では彰義隊ゆかりの円通寺(東京都荒川区南千住)にある八郎の顕彰碑(榎本武揚篆額)の拓本などと共に、語られることの少ない“敗者の歴史”を示す貴重な史料を紹介します。

高岡市立博物館
高岡市立博物館Facebook https://www.facebook.com/takaokamunicipalmuseum/
扇帯の墓は上野公園にもある。上野公園の彰義隊の墓は、上野山内に放置されていた遺体を円通寺の住職仏磨らによって茶毘に付され円通寺に埋葬した。...

 御製
戦なき世を
  歩みきて思い出づ
 かの難き日を
  生きし人々


いくさなきよを あゆみきて おもひいづ
かのかたきひを いきしひとびと 

終戦60周年(平成17年・2005年)を迎えるにあたり、新春「歌会始の儀」で詠まれた 
上皇陛下の御製。
常陸宮妃殿下が謹書され平成17年(2005年)9月27日竣工した 御製の碑。

(千鳥ケ淵戦没者墓苑)

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 子供の頃から歴史好きだったということもあり、歴史の延長線で気がつけば各地の神社を好んで参拝するようになり、それらの参拝記録をかつては「神のやしろを想う」というサイトにまとめておりました。(サイトは現在休止中です。)
 そのように全国各地の神社を参拝していると、境内には郷土出身の勇士たちを祀る「護國神社」や、あまり注目もされずに佇む「記念碑」や「慰霊碑」「鎮魂碑」なども多いことに気がつかされました。
 それらの生々しい歴史の記録は、そんなに遠くない歴史につながっていたのです。
 見渡せば、身近な街なかにも、戦争に関連するエピソードを持った史跡・遺跡が意外な形で残されていました。
 けっして大昔の歴史ではなく、身近な歴史として「往時を物語るもの」が残っているのです。
 こうした多くの有名無名な「戦跡」は、日本の発展とともにあった近代の戦争を知る貴重な存在です。しかし、歴史とともに薄れていく記憶もあれば、取り壊される戦跡も増えてきました。

 そこには、かつて「国を護るため」「家族を守るため」に戦った日本人の歴史があり、物語があります。
 そうした私たちの先祖の記録をこのまま風化させてしまうには余りにも申し訳なく。

 往時を偲びしもの = 戦争に関する史跡・遺跡 = 戦跡・戦争遺跡・戦争史跡

 こうした、「先祖の記録」の伝承の一助を、私自身の目で見た風景とともに、残せればと思い、遅まきながら、その記録をここに記させていただきます。

 感謝と哀悼を。



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