傷兵院舊址(巣鴨公園)

平和元年7月

先日、巣鴨に用事があった際に、ちょっと脚を伸ばして訪れてみました。

大塚駅と巣鴨駅の中間に位置する公園。
「巣鴨公園」

傷兵院跡地(廃兵院)跡地
(巣鴨公園)

傷兵院舊址
護れ傷兵 忘るな武勲
陸軍大将男爵本庄繁書

重度の戦傷を負った兵士たちを収容する施設。
日露戦争直後の1906年(明治39)に、「廃兵院法」によって戦傷病兵を国で扶養することを決定し明治40年に東京予備病院渋谷分院の一画に「廃兵院」が設立。
明治41年に渋谷から巣鴨に移転。
廃兵院は、日露戦争により、四肢の欠損や脊髄損傷などの重傷を負い、社会復帰が困難で身寄りのない者を収容する施設。
大正12年に廃兵院法の改正が行われ、陸軍省から内務省に移管。
昭和9(1934)年 に「廃兵院」は「傷兵院法」により「傷兵院」と改称。
昭和11(1936)年に巣鴨の地から現在の小田原市風祭(箱根)へと移転。東京巣鴨周辺の都市化が進み、療養環境が維持できなくなったための移転という。

傷兵院(傷痍軍人箱根療養所)は、戦後は「国立療養所箱根病院」 として医療活動を継承し、こんにちに至る。。


時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」より。

新旧の地形図を表示するWebサイト。自分の家は昔何だったのか?土地の履歴を調べることができます。

大塚巣鴨界隈。


巣鴨公園には、ここが旧跡であったという石碑のみが残る。


しょうけい館
(戦傷病者史料館)

戦傷病者が体験した戦中・戦後の労苦を語り継ぐ施設。巣鴨の「廃兵院」から箱根の「傷兵院」「箱根病院」へと連なる戦傷病者の記録が展示されております。無料であれど充実した内容は一見の価値あり。
九段下駅すぐ近く。「しょうけい館」「昭和館」「靖國神社・遊就館」とあわせて見学するのも良いかと思います。

箱根病院

ちかいうちに箱根にも脚を運ばねば、です。
ここには 奉安殿・ 傷兵院旧本館 が残っていると言います。
講堂は近年取り壊されたらしいです。